奈良県 方墳

小谷古墳

所在地奈良県
形状方墳
墳丘長30 m
築造時期7世紀

概要

奈良県橿原市鳥屋町、貝吹山から北東に延びる丘陵先端に位置する終末期古墳。岩屋山式の精美な切石石室に竜山石の家形石棺がそのまま残る、石室・石棺セット観察の好例。開口部の柵越しに内部を観察できる。

出土品・調査研究

両袖式横穴式石室(全長約11.6m・花崗岩切石・岩屋山式)に竜山石製刳抜式家形石棺(長さ約2.4m・蒲鉾形蓋・縄掛突起なし)が現存。未調査のため出土遺物は知られていない。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
墳丘の流失が激しく、規模約30m・高さ約8mの方墳(円墳説もある)と推定される。7世紀(終末期)の築造。花崗岩の巨石切石を用いた両袖式横穴式石室(南開口・全長約11.6m・玄室長約5m)は、岩屋山古墳(id:267)と同じ「岩屋山式石室」の設計で築かれる。玄室内には竜山石製の刳抜式家形石棺が現存し、蓋は縄掛突起をもたない蒲鉾形の新型式。盗掘により蓋がずれた状態で残る。未調査のため副葬品は知られておらず、被葬者は石室・石棺の格から皇族を含む有力者と推定される。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、奈良県指定史跡(指定年は資料により1975年または1977年)。江戸時代の『前王廟陵記』(1696年)には斉明天皇陵とする説が見えるが、現在の学界では斉明陵は牽牛子塚古墳(id:266)とする説が有力で、本古墳を陵とする説は過去のものとなっている。

探索メモ

近鉄岡寺駅から徒歩約9分(橿原神宮前駅からも徒歩圏)。白橿町の住宅街の裏山にあり、案内は少ないので地図アプリでの到達がおすすめ。石室内部への立入はできない。

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出典

橿原市公式Wikipedia

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