奈良県
前方後円墳
宮内庁治定陵墓
渋谷向山古墳
別名: 景行天皇山辺道上陵
| 所在地 | 奈良県 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 300 m |
| 築造時期 | 4世紀中頃〜後半 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
天理市柳本町に位置する墳丘長300mの巨大前方後円墳。全国第8位の規模を誇り、宮内庁が景行天皇山辺道上陵として治定する柳本古墳群の最大古墳。後円部直径約150m・高さ約22mの雄大な墳丘が二重周濠に囲まれ、葺石・円筒埴輪が整備された4世紀後半の典型的大王墓。山辺の道の南端付近に位置し、行燈山古墳(崇神天皇陵・242m)と対をなしてヤマト王権の中心地を象徴する。
出土品・調査研究
宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
実際の被葬者は不明。墳丘長300mは全国第8位の規模であり、4世紀後半のヤマト王権最大級の大王墓クラス。後円部直径約150m・高さ約22m・前方部幅約230m。二重周濠を備えた大規模な墳墓。葺石と円筒埴輪が整備されており、前方部先端から後円部にかけて壮大な墳形を持つ。宮内庁管轄のため発掘調査は未実施。柳本古墳群(大和古墳群)の中では行燈山古墳(242m)に続く規模で、4世紀後半にかけての王権の急速な拡大期を象徴する遺跡。近接する黒塚古墳(130m)の発掘成果(三角縁神獣鏡33面)と組み合わせると、3〜4世紀のヤマト王権の政治的ネットワークが浮かび上がる。
宮内庁見解
正式名称「山辺道上陵(やまのべのみちのえのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。景行天皇(第12代)の陵として治定されており、日本書紀の記述に基づく。江戸時代の寛政年間に再整備・確定された陵墓治定の一つ。宮内庁の管轄下のため学術発掘調査は不可。二重周濠をもち、外濠沿いに歩道が整備されており外観の見学が可能。景行天皇は日本武尊(ヤマトタケル)の父として記紀に登場する天皇。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県天理市渋谷町/交通:JR 巻向駅から徒歩約12分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。
探索メモ
全国第8位・墳丘長300mという規模は、大仙陵古墳(486m)・誉田御廟山古墳(425m)に続く大型古墳と同じカテゴリに属する。「渋谷向山(しぶやむかいやま)」の名は、山辺の道から見て三輪山の方向(向こう)に位置することを示すとも言われる。景行天皇は記紀においてヤマトタケルノミコト(日本武尊)の父として著名で、各地への遠征を命じた天皇として描かれる。この古墳が山辺の道の南端に位置することは、古代の道と陵墓の関係を如実に示す。最寄り駅はJR桜井線柳本駅(徒歩約20分)。行燈山古墳から徒歩で続けて訪問できる。周辺には長岳寺(弘法大師開基・平安時代の多宝塔が現存)など歴史的な見どころも多い。
出典
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