奈良県 前方後円墳

黒塚古墳

所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長130 m
築造時期3世紀末〜4世紀初頭

概要

天理市柳本町に位置する墳丘長130mの前方後円墳。3世紀末〜4世紀初頭の築造で、大和古墳群(行燈山・渋谷向山など)に先行する時期の重要な大王陵クラスの古墳。国内最多の三角縁神獣鏡33面の一括出土で全国的に著名。竪穴式石室が良好な状態で保存されており、石室内部は近接の天理市立黒塚古墳展示館で復元展示が公開されている。国史跡。国史跡(1999年指定)。天理市立黒塚古墳展示館(入館無料)では石室の原寸大復元模型や出土品を見学できる。黒塚古墳は箸墓古墳(約800m北東)・行燈山古墳(崇神天皇陵)と同じ柳本地区に位置し、3〜4世紀の大和の政治中枢エリアをなす。「三角縁神獣鏡は中国製か日本製か」論争は今も続いており、本古墳の鏡は論争を深める重要なデータを提供している。最寄り駅はJR桜井線柳本駅(徒歩約5分)。

出土品・調査研究

【発掘調査】天理市教育委員会・奈良県立橿原考古学研究所による発掘調査(1997〜98年)。【出土品(主要)】三角縁神獣鏡33面(単一古墳の正式発掘出土数として国内最多)・内行花文鏡1面(計34面)。石室構造:長方形竪穴式石室(木槨付属)。石棺・鉄器・玉類・漆器も出土。【学術的意義】出土した33面の三角縁神獣鏡はほとんどが「同笵鏡(どうはんきょう)」(同じ鋳型から作られた鏡)として全国の前期古墳に分布しており、ヤマト王権の政治的「鏡の配布網」を復元する最重要遺跡。黒塚古墳展示館(天理市)で石室と出土鏡のレプリカを展示。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
1997〜98年の天理市教育委員会・奈良県立橿原考古学研究所による発掘調査で三角縁神獣鏡33面・画文帯神獣鏡1面の計34面が出土。三角縁神獣鏡の一括出土数としては全国最多。竪穴式石室(長さ約8.3m・幅約1m)の内部は朱で塗られており、木棺・銅鏡・刀・鉄剣など多数の副葬品が良好な状態で発見された。出土した三角縁神獣鏡は全国25か所以上の古墳から発見された同笵鏡(同じ鋳型の鏡)と比較できるため、ヤマト王権の鏡配布網を解明する最重要資料のひとつ。邪馬台国論争では「鏡は魏から卑弥呼に贈られた」とする説との関連で注目される。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、天理市が国史跡として管理。天理市立黒塚古墳展示館が隣接し、出土した石室・木棺を実物大で復元展示している。出土した鏡のうち32面は天理市立黒塚古墳展示館に展示・保管、1面は奈良県立橿原考古学研究所に収蔵されている。
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出典

Wikipedia天理市教育委員会国史跡指定書

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