大阪府羽曳野市・藤井寺市
方墳
宮内庁治定陵墓
島泉平塚古墳
別名: 丹比高鷲原陵(雄略天皇陵)の一部
| 所在地 | 大阪府羽曳野市・藤井寺市 |
| 形状 | 方墳 |
| 墳丘長 | 50 m |
| 築造時期 | 5世紀末〜6世紀初頭 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
大阪府羽曳野市島泉に位置する一辺約50mの方墳。隣接する島泉丸山古墳(古市エリア最大級の円墳・直径約75m)とともに、宮内庁が第21代雄略天皇の陵(丹比高鷲原陵)として治定する。明治期に2基の間が盛土でつながれ前方後円墳状に整形されたという、全国でも珍しい経歴をもつ陵墓。周辺は住宅地に囲まれているが、外周道路から墳丘の輪郭を確認できる。
出土品・調査研究
宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
一辺約50mの方墳。5世紀末〜6世紀初頭の築造と推定される。島泉丸山古墳(円墳・直径約75m・高さ約8m)の東南東約100mに位置し、宮内庁は両古墳を合わせて一陵(雄略天皇陵)として治定する。1885年(明治18年)に両古墳の間に盛土が行われ、外見上は前方後円形に整えられた。宮内庁管轄のため発掘調査は未実施で、被葬者の考古学的特定はなされていない。
宮内庁見解
西北西に隣接する島泉丸山古墳(円墳・直径約75m)とともに、第21代雄略天皇の陵「丹比高鷲原陵(たじひのたかわしのはらのみささぎ)」として宮内庁書陵部が治定・管理する。1885年(明治18年)に両古墳の間に盛土がなされ、全体が前方後円形に整形された。陵墓参観制度により一般立入は制限。外周道路から外形の確認が可能。【宮内庁参拝情報】所在地:大阪府羽曳野市島泉8丁目/交通:近鉄 高鷲駅から徒歩約10分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:古市陵墓監区事務所。
探索メモ
最寄りは近鉄南大阪線「高鷲」駅から徒歩約10分。島泉丸山古墳と一体で雄略天皇陵として拝所が設けられている。高屋築山古墳(安閑天皇陵・id:50)・白髪山古墳(清寧天皇陵・id:51)と合わせた古市古墳群後期陵墓めぐりも可能。
出典
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