| 所在地 | 大阪府羽曳野市・藤井寺市 |
|---|---|
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 230 m |
| 築造時期 | 5世紀後半 |
| 世界遺産 | 百舌鳥・古市古墳群 構成資産 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
墳丘長230mは全国第20位。古市古墳群の北端を画する三段築成の前方後円墳で二重の周濠を備える。後円部の高さ約20m・直径約130m。宮内庁が允恭天皇(第19代)陵として治定。古市古墳群では誉田御廟山(425m)・仲ツ山(290m)・岡ミサンザイ(245m)・市ノ山(230m)が四大古墳を構成し、5世紀の古市台地における大王墓造営の規模を示す。最寄りの藤井寺駅から古市古墳群全体を巡るウォーキングコース(約2時間)の北端起点として適している。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。「市ノ山(いちのやま)」という名は「市場の山」または「一番目の山」を意味する可能性があり、古市台地の主要な目印として古代から認識されていたことを示す。允恭天皇は記紀によれば「穴穂(あなほ)」という宮で政を執り、「姓(かばね)の制」の制定によって大王家と各氏族の血統秩序を整備したとされる。その業績が本古墳に眠る人物と一致するかは考古学的に確認できないが、5世紀後半という年代は記紀の允恭天皇期に近く、宮内庁の治定に一定の説得力がある。
宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。