★ 世界遺産 大阪府羽曳野市・藤井寺市 前方後円墳 宮内庁治定陵墓

誉田御廟山古墳

別名: 応神天皇陵古墳
所在地大阪府羽曳野市・藤井寺市
形状前方後円墳
墳丘長425 m
築造時期5世紀初頭
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産
陵墓指定宮内庁管轄(一般立入不可)

概要

墳丘長425mは全国第2位、古市古墳群の中核。外濠を含む総外形面積は約69ヘクタールで日本最大。3段築成の前方後円墳で、後円部高さ約36m・前方部幅約325m。二重の周濠をもち、外周には複数の陪冢が配置される。墳丘東側の外堤は国史跡「古市古墳群」の一部として保存。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。「誉田(こんだ)御廟山(ごびょうやま)」という名は近隣の地名「誉田」と「御廟(ごびょう・みたまや)」が由来。応神天皇は記紀では大陸・半島との交流や弓の名手として描かれる。誉田八幡宮は応神天皇を主祭神とする八幡信仰の中心地のひとつ。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
被葬者は考古学的に不明。墳丘長425mは全国第2位だが、外濠を含む総外形面積(約69ヘクタール)は大仙陵古墳(約47ヘクタール)を凌ぐ日本最大。5世紀初頭(400〜420年頃)の築造と推定される。隣接する誉田丸山古墳から国宝級の金銅製馬具(透彫鞍金具)が出土しており、応神天皇陵に伴う豊かな埋葬文化を示す。白石太一郎氏らは「倭王讃」(中国史書に記される倭王)の陵の可能性を指摘する。
宮内庁見解
正式名称「惠我藻伏崗陵(えがのもふしのおかのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。応神天皇陵として治定されており、陵墓参観制度により一般の立入は制限。【宮内庁参拝情報】所在地:大阪府羽曳野市誉田6丁目/交通:近鉄 土師ノ里駅または道明寺駅から徒歩約17分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:古市陵墓監区事務所。

探索メモ

西隣の誉田八幡宮との間には緑の回廊が続き、古墳と神社が一体となった独特の景観が見られる。古市古墳群は鉄道(近鉄南大阪線)でのアクセスが良く観光の拠点として利便性が高い。

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出典

宮内庁羽曳野市教育委員会UNESCO(2019)

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