★ 世界遺産 大阪府羽曳野市・藤井寺市 前方後円墳

津堂城山古墳

藤井寺陵墓参考地
所在地大阪府羽曳野市・藤井寺市
形状前方後円墳
墳丘長210 m
築造時期4世紀後半
指定区分国史跡
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産

概要

古市エリア北端の前方後円墳で、墳丘長210m(資料により208m)、後円部の高さ16.9m。前方部を南東に向けた3段築成で、くびれ部の両側に造り出しがある。幅の広い二重の濠と堤が巡る。室町時代に城として利用されたため改変を受けたが、規模と形状は復元可能である。後円部頂上の一部は宮内庁の藤井寺陵墓参考地で、その他は国指定史跡「古市古墳群」として公開されている。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。

出土品・調査研究

【埋葬施設】1912年(明治45年)、後円部頂の石材を掘り出そうとした際に埋葬施設が露出し、竪穴式石槨に納められた我が国最大級の長持形石棺が発見された。石槨や石棺内からは銅鏡・鉄製武具・武器・腕輪形石製品・各種の装身具などが出土している。石棺は現地に埋め戻され、出土した鏡や刀剣等の副葬品は国が買い上げた。この発見を受けて後円部頂が「藤井寺陵墓参考地」に追加治定された経緯がある(藤井寺市教育委員会)。石槨の天井石は発見時に持ち出されたが、現在はガイダンス棟に集められて展示されている。【墳丘・濠】墳丘や濠からは円筒埴輪・大型の形象埴輪が出土。内濠には前方部の両側に島状の方形施設が設けられ、東側の一辺17mの施設には3体の写実的な水鳥形埴輪が置かれていた。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
古市エリア内で最古期の大型前方後円墳。藤井寺市は4世紀後葉、文化庁は古墳時代中期前葉とする。墳丘長210m(資料により208m)、後円部高16.9m、3段築成で、幅の広い二重の濠と堤を備える。室町時代に城として利用され墳丘は改変を受けたが、規模と形状は復元可能とされる。藤井寺市は古市古墳群で最初に出現した巨大古墳と説明する。
宮内庁見解
後円部頂の一部が「藤井寺陵墓参考地(ふじいでらりょうぼさんこうち)」として宮内庁の管理下にあり、被葬候補者は第19代允恭天皇とされる。治定の範囲が後円部頂の一部にとどまるのは、1912年の石棺発見を受けて追加治定されたという変則的な経緯によるもの(藤井寺市教育委員会)。それ以外の墳丘・濠・堤は国指定史跡「古市古墳群」(1958年1月21日指定)として保護され、墳丘に自由に立ち入ることができる。

探索メモ

陵墓参考地に指定された後円部頂の一部を除き、墳丘に自由に立ち入ることができる数少ない大型古墳。内濠部の北側にガイダンス棟「史跡城山古墳ガイダンス棟 まほらしろやま」があり、衝立形埴輪や円筒埴輪、再現された石棺などを見学できる。最寄りは近鉄南大阪線 藤井寺駅から北へ徒歩約17分。

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出典

百舌鳥・古市古墳群 公式サイト文化庁 文化遺産オンライン(世界遺産構成資産解説)藤井寺市 文化財保護課「城山古墳1」藤井寺市「津堂城山古墳」

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