★ 世界遺産 大阪府羽曳野市・藤井寺市 前方後円墳

津堂城山古墳

別名: 藤井寺陵墓参考地
所在地大阪府羽曳野市・藤井寺市
形状前方後円墳
墳丘長208 m
築造時期4世紀後半
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産

概要

古市古墳群最古の大型前方後円墳(墳丘長208m)。4世紀後半の築造で三段築成・二重周濠。宮内庁が「藤井寺陵墓参考地」として管理。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。「津堂城山(つどうしろやま)」という名の「城(しろ)」は、中世にこの古墳が城砦(丘城)として利用されたことに由来するとみられる。古代の古墳が中世の防衛施設として転用される事例は全国各地に見られ、津堂城山古墳もその典型例。

出土品・調査研究

【発掘調査】藤井寺市教育委員会による墳丘確認調査が複数回実施。墳丘の三段築成・葺石・埴輪配列・周濠の詳細が確認されている。【出土品】円筒埴輪・形象埴輪(家形等)が出土。碧玉製腕輪類・鉄製品・鏡が出土したとの伝承あり(詳細不明)。宮内庁は陵墓参考地として管轄するため内部の正式発掘は未実施。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
古市古墳群内で最古期の大型前方後円墳で、4世紀後半(370〜380年代)の築造と推定される。墳丘長208m・三段築成・二重の周濠をもつ。埴輪の型式(特殊器台形埴輪・壺形埴輪の存在)から4世紀後半の年代が支持される。古市古墳群の最初期の大王陵候補として、ヤマト王権が古市台地への進出を開始した時期を示す重要な遺跡。誉田御廟山(応神天皇陵・425m)や仲ツ山(290m)などの大型陵墓より約50年早く造営されたとみられ、古市古墳群の「第一世代」の古墳として評価される。
宮内庁見解
「藤井寺陵墓参考地(ふじいでらりょうぼさんこうち)」として宮内庁が治定。陵墓参考地は「皇族の墓である可能性がある」として宮内庁が管理する区分で、特定の天皇・皇族への比定はない。古市古墳群の中で最古期の大型古墳として重要性を認識され、参考地として管理されている。立入制限があるが、周濠の一部(ハス池)は市民に親しまれている。

探索メモ

周濠に「藤井寺ハスの池」として知られるハス(蓮)の群生地があり、夏の開花期(7〜8月)には多くの市民が蓮の花見を楽しむ自然観察スポットとしても機能している。周辺の住宅地に囲まれながらもハス池の景観と古墳の緑が調和した都市の癒し空間。最寄りは近鉄南大阪線土師ノ里駅(徒歩約7分)。

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出典

宮内庁藤井寺市教育委員会百舌鳥・古市古墳群 公式サイト

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