| 所在地 | 大阪府羽曳野市・藤井寺市 |
|---|---|
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 225 m |
| 築造時期 | 5世紀前半 |
| 指定区分 | 国史跡 |
| 世界遺産 | 百舌鳥・古市古墳群 構成資産 |
墳丘長225mの前方後円墳で古市エリア第5位。古市エリア中央部の台地上に、後円部を台地東端、前方部を西へ向けて築くことで、東・南の低地から墳丘を大きく見せる配置となっている。後円部の高さは20.7m、3段築成で、くびれ部の両側に造り出しがある。濠の外側には幅32m前後の広い堤が全周する。宮内庁が応神天皇陵の陪冢として管理し、周堤の一部は国指定史跡「古市古墳群」に含まれる。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。
後円部の埋葬施設は南北に並んで2基あるとの記録があり、北側には大型の長持形石棺が用いられているといわれるが、宮内庁管理のため発掘調査は行われていない。墳丘からは円筒埴輪のほか、家形・靫(ゆぎ)形などの形象埴輪が出土しており、なかでも盾を持つ人物をあらわした埴輪は人物埴輪として最も古いもののひとつ。墳丘の周囲には濠が巡り、その外側に幅32m前後の広い堤が全周する。堤を周囲から区画する溝も東側と北側の一部で検出されている。