奈良県 前方後円墳

築山古墳

別名: 磐園陵墓参考地
所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長210 m
築造時期4世紀末

概要

奈良県大和高田市内に位置する墳丘長210mの大型前方後円墳。5世紀前半の築造で、国指定史跡。後円部径125m・高さ20mの雄大な墳丘をもち、大和高田市最大の古墳として知られる。隣接するコンピラ山古墳(円墳)とともに大和高田市の古代景観を形成する。大和高田市が史跡として管理・整備している。

出土品・調査研究

【発掘調査】大和高田市教育委員会による調査。葺石・埴輪列・周濠の存在が確認されている(詳細記録は限られる)。宮内庁管轄外の国史跡。出土品の詳細は未公表の部分が多い。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
墳丘長210m・後円部径約125m・高さ約20m・前方部幅約135m・3段築成の大型前方後円墳。5世紀前半の築造と推定される。周濠を伴い、葺石・埴輪列が確認されている。宮内庁管轄外・国指定史跡。被葬者は不明だが、和泉・大和地域の境界に位置する5世紀の有力首長の墓と推定される。隣接するコンピラ山古墳(円墳・径95m)と一組となり、大和高田市の古代遺産を構成する。
宮内庁見解
磐園陵墓参考地(顕宗天皇候補)として宮内庁が治定。ただし考古学的年代(4世紀末)と顕宗天皇(5世紀末〜6世紀初)は大きく乖離。

探索メモ

「築山(つきやま)」という名は人工的に築かれた山(古墳)を指す一般名詞的な地名で、全国各地に「築山」を冠する古墳が存在する。大和高田市では築山古墳とコンピラ山古墳が近接して立地し、5世紀前半の和泉・大和境界地域の首長権力を示す重要な古墳群を形成している。近鉄大阪線「大和高田」駅から徒歩約20〜30分、または近鉄南大阪線「高田市」駅からバスまたはタクシー。大和高田市内を流れる高田川の北側丘陵に立地する。

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出典

Wikipedia大和高田市教育委員会

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