奈良県 前方後円墳 宮内庁治定陵墓

佐紀石塚山古墳

別名: 成務天皇陵
所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長219 m
築造時期4世紀後半〜5世紀初頭
陵墓指定宮内庁管轄(一般立入不可)

概要

奈良市佐紀町に位置する墳丘長218mの前方後円墳。宮内庁が第13代成務天皇の陵(狭城盾列池前陵)として治定する佐紀古墳群の主要古墳。4世紀後半〜5世紀前半の築造で、葺石・埴輪を備えた大型前方後円墳。五社神古墳(神功皇后陵・267m)・ヒシアゲ古墳(磐之媛陵・219m)とともに奈良市北部の佐紀古墳群を構成する。「佐紀石塚山(さきいしづかやま)」の名は、後円部に石(葺石)が露出して塚のように見える地形的特徴に由来するとも言われる。成務天皇は景行天皇の皇子で、日本武尊(ヤマトタケル)の弟とされる。記紀における在位期間(13〜190年頃)は伝承的で、実年代との対応は定かでない。佐紀古墳群は奈良市の平城宮跡周辺に広がり、世界遺産「古都奈良の文化財」の構成資産にも近接。平城宮跡歴史公園と合わせた見学がしやすい立地。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
実際の被葬者は不明。墳丘長218mは佐紀古墳群では五社神古墳(267m)・ヒシアゲ古墳(219m)に次ぐ規模。4世紀後半〜5世紀前半の築造と推定される。葺石・埴輪列が整備された典型的な大型前方後円墳。宮内庁管轄のため発掘調査は未実施。成務天皇は「国郡の境を定め、道路を整備した天皇」として記紀に描かれるが、考古学的な年代比定との整合性は研究課題。
宮内庁見解
正式名称「狭城盾列池前陵(さきのたたなみのいけさきのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。成務天皇(第13代)の陵として治定されている。宮内庁の陵墓参観制度のもと立入は制限されるが、周濠沿いの道から外観の見学が可能。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県奈良市山陵町/交通:近鉄 平城駅から徒歩約7分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。

探索メモ

最寄りはJR・近鉄「奈良」駅からバスまたは徒歩約30〜40分。

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出典

宮内庁Wikipedia

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