奈良県 前方後円墳 宮内庁治定陵墓

宝来山古墳

別名: 垂仁天皇菅原伏見陵
所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長227 m
築造時期4世紀後半
陵墓指定宮内庁管轄(一般立入不可)

概要

奈良市尼辻西町に位置する墳丘長240mの大型前方後円墳。宮内庁が第11代垂仁天皇の陵(菅原伏見陵)として治定する佐紀古墳群の主要古墳。4世紀後半の築造で、葺石・埴輪が整備された典型的な大型前方後円墳。最大の名所は周濠内に浮かぶ小島で、「田道間守(たじまもり)」の墓と伝わり、記紀の伝承と結びついた景観として著名。近鉄橿原線「尼辻」駅から徒歩約10分。周濠内の小島は「田道間守の墓」と伝わる。田道間守は日本書紀によれば垂仁天皇の命で「常世の国(とこよのくに)」に不老不死の果実(橘)を求めて渡航した人物。長年の旅の末に帰国したが垂仁天皇はすでに崩御しており、嘆き悲しんで墓前で自刃したとされる。この伝承により田道間守は菓子・菓業の神(菓祖)として崇敬され、全国の菓子業者がこの小島に参拝する。「菓子の神様の墓がある天皇陵」という珍しい文化的位置づけが人気で、周辺には菓子業界の石碑が並ぶ。佐紀古墳群の五社神古墳(267m・神功皇后陵)・ヒシアゲ古墳(219m・磐之媛陵)とともに奈良市北部の古墳巡りの定番コース。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
実際の被葬者は不明。墳丘長227mは奈良市北部の佐紀古墳群に属する大型前方後円墳。4世紀後半の築造と推定される。葺石・埴輪列が整備された典型的な大型前方後円墳。宮内庁管轄のため発掘調査は未実施。垂仁天皇は記紀において相撲の起源(野見宿禰と当麻蹴速の対決)・植輪の成立(野見宿禰の提案)・田道間守の常世の国への派遣など、多くの重要な伝承と結びついた天皇として描かれる。
宮内庁見解
正式名称「菅原伏見陵(すがわらのふしみのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。第11代垂仁天皇の陵として治定されており、日本書紀・古事記の記述に基づく。宮内庁の陵墓参観制度のもと立入は制限されているが、外濠沿いの道路から外観の見学が可能。周濠内の小島が著名な名所として知られる。なお、同じ菅原地区にある「菅原伏見東陵」は安康天皇陵(別古墳)であり混同しないよう注意。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県奈良市尼辻西町/交通:(バス停) 尼ヶ辻駅から徒歩約8分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。
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出典

宮内庁Wikipedia

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