奈良県 前方後円墳

ホケノ山古墳

所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長80 m
築造時期3世紀後半〜末

概要

桜井市大字箸中に位置する墳丘長80mの前方後円墳。国指定史跡。3世紀後半〜末の築造で、弥生時代と古墳時代の双方の要素が混在する「過渡期の古墳」として考古学上の重要性が高い。竪穴式石室と木槨を組み合わせた特異な埋葬施設をもち、副葬品も弥生系と古墳系が混在する。銅鏡・刀剣・石製品・鉄器が出土しており、古墳時代の成立を考える上で最重要の基準資料の一つ。箸墓古墳の南東約500mに位置し、纒向古墳群の南端部を占める。国史跡(1972年指定)。木槨と竪穴式石室の組み合わせという特異な埋葬施設は、3世紀後半における埋葬様式の過渡期を如実に示す。「ホケノ山」の名の由来は不詳だが、地元に伝わる古い地名とされる。箸墓古墳(北西約500m)とほぼ同時期の築造であり、両者を比較することで3世紀末〜4世紀初頭の大型墳丘墓の多様性が見えてくる。また大神神社(三輪山)の神域に近いことから、ヤマト王権と三輪山祭祀の関係を物語る遺跡の一つ。最寄り駅はJR桜井線巻向駅(徒歩約10〜15分)または箸中バス停。周辺の纒向遺跡・箸墓古墳・大神神社と合わせた1日コースが人気。桜井市立埋蔵文化財センターで出土品の一部を見学できる。

出土品・調査研究

【発掘調査】桜井市教育委員会・奈良県立橿原考古学研究所による発掘調査(複数次・国史跡1972年指定)。【埋葬施設】竪穴式石室(長さ約6.5m)+木槨(もっかく)を組み合わせた「木槨竪穴式石室」という弥生・古墳の複合的な特異構造。【出土品(主要)】銅鏡(内行花文鏡〔三面〕・三角縁神獣鏡〔一面〕等、計数面)・鉄刀・鉄鏃(約60本)・銅鏃(約60本)・石製品(石鏃・刀子等)・布留0式土器・葺石・木製盾形物の痕跡。副葬品に弥生系・古墳系が混在する点が最重要。【展示】桜井市立埋蔵文化財センターで出土品一部展示。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
墳丘長80mの前方後円墳で、3世紀後半〜末の築造。弥生時代と古墳時代の要素が混在する「過渡期」の古墳として学術的な重要性が際立つ。埋葬施設は竪穴式石室(長さ約6.5m)に加えて木槨(もっかく)を組み合わせた「木槨竪穴式石室」という特異な構造をもつ。木槨は弥生時代の埋葬様式であり、竪穴式石室は古墳時代の要素。副葬品としては銅鏡(内行花文鏡・三角縁神獣鏡等)・刀剣・石製品・鉄器などが出土しており、弥生系の副葬品と古墳的副葬品が混在する。葺石と木製の楯形物の痕跡も確認されており、古墳の祭祀様式が確立しつつある段階を示す。箸墓古墳のほぼ同時期に築かれており、纒向地区の最初期古墳として位置づけられる。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、国指定史跡として桜井市が管理。史跡指定:1972年(昭和47年)。桜井市教育委員会が保存管理を担い、定期的に史跡見学ができるよう整備されている。墳丘・石室の保全状態は比較的良好。
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出典

Wikipedia桜井市教育委員会文化庁 国指定文化財等データベース

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