奈良県 前方後円墳

纒向矢塚古墳

所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長96 m
築造時期3世紀前半

概要

桜井市大字辻に位置する墳丘長96mの前方後円墳(纒向型)。3世紀前半の築造で、纒向石塚古墳とほぼ同時期・同規模の纒向型前方後円墳。前方部が短く幅狭い初期的な「撥形」を示し、弥生から古墳時代への移行期の埋葬形態を伝える。纒向遺跡(3世紀の政治的中枢候補地)の中に位置し、前方後円墳の祖形を示す纒向古墳群の重要な一基。纒向矢塚の「矢塚(やつか)」という名の由来は不明だが、地域の通称として古くから伝わる。纒向石塚(約350m南東)と規模・形状がほぼ同じであることから、同一集団が意図的に複数の古墳を造営したとも考えられ、纒向遺跡の政治組織の複雑さを示唆する。JR巻向

出土品・調査研究

【発掘調査】桜井市・橿原考古学研究所(国史跡2013年)による確認調査。【埋葬施設】木槨(木製外棺)と推定。葺石・埴輪は初期的または不存在。墳丘が圃場整備で一部改変されているため詳細は未確認。副葬品の記録なし。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
墳丘長96mの前方後円墳(纒向型)で、3世紀前半の築造。纒向石塚古墳とほぼ同時期・同規模の古墳であり、初期の纒向型前方後円墳の形成を示す重要な資料。前方部は短く幅狭い撥形(ばちがた)で、後方部はほぼ円形。埋葬施設の詳細は不明だが、同時期の類例からは木槨墓(木製外棺)が想定される。纒向遺跡の西端付近に位置し、纒向石塚・纒向勝山とともに3世紀の纒向古墳群の展開を理解するうえで不可欠な遺跡。前方後円墳が全国的に普及する前の萌芽期を示す。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、纒向遺跡の国史跡指定(2013年)に含まれる形で桜井市が保護・管理。墳丘は圃場整備等により一部改変されているが、概形は残存する。

探索メモ

駅から徒歩数分の距離にあり、纒向石塚・纒向勝山・箸墓と合わせてコンパクトに周遊できる。纒向古墳群全体が2013年に国史跡の一部として指定されており、桜井市が解説板を設置している。邪馬台国論争に関心がある訪問者にとって、纒向周辺は「聖地」とも言えるエリア。

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出典

Wikipedia文化庁 国指定文化財等データベース

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