奈良県 前方後円墳

纒向石塚古墳

所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長96 m
築造時期3世紀前半

概要

桜井市大字辻に位置する墳丘長96mの前方後円墳(纒向型)。3世紀前半の築造で、前方後円墳の最初期段階(祖形)を示す考古学的に最重要の古墳群「纒向古墳群」の一基。前方部が短く幅狭い「撥形(ばちがた)」の初期的形状をもち、埋葬施設は弥生的な木槨(木製外棺)を採用する。葺石・埴輪を持たず、弥生時代から古墳時代への過渡期の埋葬形態を如実に示す。纒向遺跡(邪馬台国候補地)の中心部に立地し、邪馬台国・ヤマト王権論争の最前線にある重要遺跡。纒向古墳群は前方後円墳の発祥地として考古学者が最も注目するエリアの一つ。纒向石塚・纒向矢塚・纒向勝山・ホケノ山・箸墓の5基が「纒向古墳群」の主要構成古墳であり、3世紀前半(石塚・矢塚)から3世紀後半(箸墓)へと規模が急速に拡大する過程が読み取れる。纒向遺跡(2009年に大型建物跡発見)との一体的理解が「邪馬台国大和説」の根拠となっている。最寄り駅はJR桜井線巻向駅(まきむくえき)で徒歩数分。駅周辺には纒向矢塚・纒向勝山・箸墓古墳などが点在し、徒歩での周遊が可能。桜井市立埋蔵文化財センターで纒向遺跡の出土品や解説を見学できる。

出土品・調査研究

【発掘調査】桜井市教育委員会・奈良県立橿原考古学研究所(纒向遺跡国史跡指定2013年)による調査。【埋葬施設・出土品】木槨(木製外棺)を埋葬施設とする弥生的な埋葬形態。葺石・埴輪はほぼ確認されていない(初期的なものの可能性)。埋葬施設・副葬品の詳細は未発掘(圃場整備で墳丘一部改変)。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
墳丘長96mの前方後円墳(纒向型)で、3世紀前半の築造。纒向古墳群の中で最も古い時期に属するとみられ、前方後円墳の「祖形」の一つとして考古学上の重要性が高い。通常の前方後円墳と比べて前方部が短く・幅が狭い「撥形(ばちがた)」の形状を示し、墳丘比率が未発達な段階に相当する。埋葬施設は木槨(もっかく:木製の外棺)で、弥生時代の埋葬様式を引き継いでいる。葺石・埴輪は持たないか初期的なもので、まさに弥生から古墳への移行期の埋葬形態を示す。纒向遺跡(3世紀の大規模集落)の中に立地し、ヤマト王権の萌芽期の政治空間を共有している。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、桜井市が史跡として管理。纒向遺跡全体の国史跡指定(2013年)に含まれており、桜井市教育委員会と奈良県立橿原考古学研究所が調査・保護を進めている。墳丘の保全状態は比較的良好で、周囲の農地とともに見学できる。
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出典

Wikipedia桜井市教育委員会文化庁 国指定文化財等データベース

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