大阪府 横穴墓群

高井田横穴古墳群

別名: (宮内庁管轄外)
所在地大阪府
形状横穴墓群
築造時期6〜7世紀

概要

大和川沿いの河岸段丘崖面に100基以上の横穴墓が集中する国史跡。6〜7世紀の渡来系集団の墓域と推定される。人物・舟・馬などの線刻壁画をもつ横穴墓が複数確認されており、朝鮮半島の壁画古墳との関連が指摘される。壁画の保存状態は良好で、国内有数の壁画系横穴墓群として知られ、渡来人文化と古代日本の融合を示す遺跡として国際的な学術価値をもつ。横穴墓壁の線刻画(人物・馬・舟・同心円)は当時の世界観・宗教観を反映し、舟の図像は「葬送の舟」として高句麗壁画との共通モチーフとして注目される。大和川河岸に渡来系集団が墓域を構えた事実は、河川交通を利用した渡来人の定着過程を示している。

出土品・調査研究

【発掘調査】高井田横穴古墳群は1930年代以降継続的に調査されてきた。【出土品】横穴式石室内から大量の骨蔵器・土器・鉄器・玉類・金属製品が出土。渡来系文化の影響を受けた副葬品が多く、遺骸が複数体骨蔵された多人数葬の例が多い。墓壁に彫刻された線刻壁画(人物・馬・船等)は考古学的に著名。国史跡指定。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
渡来系集団の墓域と推定。大和川沿いの河岸段丘の崖面(凝灰岩・砂岩)に100基以上の横穴墓が集中する。最大の特徴は壁画(線刻画)の存在で、人物・舟・馬・同心円・家形などのモチーフが凝灰岩の壁面に刻まれている。朝鮮半島の高句麗古墳壁画との類似が指摘されており、渡来系氏族の墓域とする説が有力。出土品には須恵器・馬具・装身具があり、6世紀中葉〜7世紀にかけての複数世代にわたる継続的使用が確認されている。国内で壁画のある横穴墓群としては最大規模のひとつ。
宮内庁見解
宮内庁管轄外。国史跡。柏原市が管理し、「高井田横穴公園」として一般開放。1986年に国の史跡に指定。横穴墓(よこあなぼ)は前方後円墳等とは異なる墓制で、崖面を掘削して造った横穴式の埋葬空間をもつ。古墳時代後半から終末期(6〜7世紀)に流行した形式。

探索メモ

柏原市が「高井田横穴公園」として整備・一般開放しており、横穴内部を間近に見学できる貴重な体験が可能。近鉄大阪線高井田駅から徒歩約10分。無料。

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出典

柏原市教育委員会文化庁

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