★ 世界遺産 大阪府堺市 前方後円墳 宮内庁治定陵墓

田出井山古墳

別名: 反正天皇陵古墳
所在地大阪府堺市
形状前方後円墳
墳丘長148 m
築造時期5世紀中頃
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産
陵墓指定宮内庁管轄(一般立入不可)

概要

百舌鳥耳原の三大陵のひとつ(北陵)。墳丘長148mで、百舌鳥古墳群の最北端に位置する三段築成の前方後円墳。周濠を備え、葺石と埴輪列が確認されている。大仙陵古墳から北へ約1.1kmに位置し、百舌鳥台地の北の境界を画する。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。「田出井山(たでいやま)」という名の由来は諸説あるが、周辺が水田地帯であったこと、または「出井」が水の湧き出る場所を指すとも言われる。百舌鳥耳原の三大陵(南・中・北)が南北に並ぶ配置は、5世紀の大王家がこの台地を「聖なる墳墓地帯」として計画的に造営した意図を示す。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
実際の被葬者は不明。5世紀中頃(450〜460年代)の築造と埴輪型式から推定される。墳丘長148m・後円部径約84m・高さ約11m・前方部幅約86m。三段築成で葺石・埴輪列を備える。反正天皇(記紀上の在位:406〜410年)の時代とは約40〜50年の乖離があり、考古学的年代との不一致が指摘されている。百舌鳥古墳群の中では北の外縁に位置し、百舌鳥台地の北辺を画する重要な古墳。大仙陵古墳群の最後に造営された大型陵墓のひとつと位置づけられる。
宮内庁見解
正式名称「百舌鳥耳原北陵(もずのみゝはらのきたのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄し、反正天皇陵として治定。百舌鳥耳原の三大陵(中陵:大仙陵、南陵:上石津ミサンザイ、北陵:田出井山)のうち最も北に位置する。陵墓として一般立入は制限されており、外周の堤上道路から観察が可能。【宮内庁参拝情報】所在地:大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2丁/交通:南海 堺東駅から徒歩約6分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:古市陵墓監区事務所。

探索メモ

最寄りはJR阪和線百舌鳥駅(徒歩約10分)または南海高野線堺東駅から路線バスで。周濠沿いの道を歩くと前方後円墳の全形をほぼ一周できる。

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出典

宮内庁堺市教育委員会

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