大阪府 前方後円墳

和泉黄金塚古墳

別名: (宮内庁管轄外)
所在地大阪府
形状前方後円墳
墳丘長94 m
築造時期4世紀後半

概要

多数の三角縁神獣鏡(27面以上)が出土した国史跡。墳丘長94m・4世紀後半の前方後円墳。前方部・後円部にそれぞれ竪穴式石室をもつ二主体構造。「景初三年」銘三角縁神獣鏡の出土から卑弥呼・邪馬台国との関連が指摘される。和泉市に所在し、三角縁神獣鏡の研究において全国的に重要な参照遺跡とされる。「卑弥呼の鏡」論争という日本古代史最大の謎のひとつに直接関わる遺跡として国際的にも知られ、「黄金塚(こがねづか)」という名は輝かしい副葬品が出土したという伝承に由来する。三角縁神獣鏡は日本国内で500面以上出土しているが中国本土では一面も出土しておらず、「日本製」説と「魏鏡」説の論争が続く。

出土品・調査研究

【埋葬施設】前方部・後円部それぞれに竪穴式石室をもつ二主体構造。【出土品】銅鏡27面以上(三角縁神獣鏡・「景初三年(239年)」銘三角縁神獣鏡・画文帯神獣鏡・その他多種)・鉄刀・鉄鏃・玉類等。「景初三年(239年)」は魏志倭人伝が記す卑弥呼の魏朝貢の年と一致し、三角縁神獣鏡の「魏鏡」説vs「日本製」説論争において第一級の参照資料。【展示・保管】出土鏡は大阪府立弥生文化博物館(和泉市内)・東京国立博物館等に分散収蔵。国史跡(1981年指定)。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
4世紀後半の前方後円墳。墳丘長94m。主体部は前方部と後円部のそれぞれに竪穴式石室をもつ二主体構造。出土品として三角縁神獣鏡を含む多数の銅鏡(計27面以上)が記録されており、なかでも「景初三年(239年)」銘をもつ三角縁神獣鏡は、邪馬台国の卑弥呼が魏(中国)に朝貢した年号と一致することから注目される。三角縁神獣鏡は卑弥呼が魏帝から下賜された鏡とする説(「卑弥呼の鏡」説)があり、本古墳の出土鏡はその分布論争に直接関わる。その他、画文帯神獣鏡・鉄刀・鉄鏃・玉類等が出土。
宮内庁見解
宮内庁管轄外。国史跡。和泉市(旧信太村)に所在し、文化庁・和泉市が管理。1981年に国の史跡に指定。陵墓・陵墓参考地の指定はなく、発掘調査が実施されており詳細な出土品が記録されている。被葬者は不明だが、出土鏡の内容から大和政権と密接な関係をもつ有力首長の墓とみられる。

探索メモ

出土した銅鏡は大阪府立弥生文化博物館(和泉市内)や東京国立博物館に分散所蔵されており、一部が常設展示されている。古墳の現地は和泉市に保存されており、外周を歩いての見学が可能。

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出典

和泉市教育委員会国史跡指定書Wikipedia

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