奈良県 八角墳

束明神古墳

別名: 佐田束明神古墳
所在地奈良県
形状八角墳
墳丘長30 m
築造時期7世紀末

概要

奈良県高市郡高取町佐田の春日神社境内にある終末期の八角墳。天武・持統合葬陵に次ぐ規模の終末期大型墳で、皇位に就かずに没した草壁皇子の真陵の最有力候補。石槨は埋め戻されて非公開だが、実物大復元模型が橿原考古学研究所附属博物館の前庭で常時見学できる。

出土品・調査研究

凝灰岩切石ブロック積みの横口式石槨(内法3.06m×2.12m・家形断面)。人歯約10本(1体分)、鉄釘50本以上、漆膜片、金銅製棺金具、須恵器・土師器が出土。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
丘陵尾根を大規模に造成して一辺60m規模の平坦面を築き、その中央に対角長約30m(一辺36mとする資料もある)の八角墳を版築で構築する。1984〜85年の橿原考古学研究所・高取町教育委員会の調査で確認された。埋葬施設は一辺約60cmの凝灰岩切石ブロックを積んだ他に類例のない横口式石槨(南開口・断面は家形)で、内法は長さ3.06m×幅2.12m。内部に漆塗木棺が置かれたと推定される。出土した人歯(1体分・約10本)は青年男子と推定され、689年に27〜28歳で薨去した草壁皇子と整合する。八角墳という天皇陵固有の墳形・『万葉集』の真弓岡埋葬歌との立地の一致も真陵説の根拠となっている。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、史跡指定もない(未指定)。草壁皇子(追尊・岡宮天皇)の陵「岡宮天皇真弓丘陵」は本古墳の北西、低い尾根を隔てた別の丘に治定されているが、考古学・古代史学界では本古墳こそ草壁皇子の真陵とする説が有力。

探索メモ

近鉄吉野線壺阪山駅から徒歩約25分。墳丘は春日神社境内で外観見学自由。石槨の実物大復元は橿原考古学研究所附属博物館(橿原市畝傍町)前庭にあり、あわせての見学がおすすめ。

⛩ インタラクティブ地図で見る 📍 Google マップ

出典

奈良県歴史文化資源データベースWikipedia高取町観光ガイド

関連する古墳

箸墓古墳(280m) 西殿塚古墳(230m) 東殿塚古墳(139m) 行燈山古墳(242m) 渋谷向山古墳(300m) 黒塚古墳(130m)
← 烏土塚古墳 与楽古墳群 →