| 所在地 | 大阪府羽曳野市・藤井寺市 |
|---|---|
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 122 m |
| 築造時期 | 6世紀前半頃 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
高屋丘陵北端に築かれた墳丘長122mの前方後円墳。後円部は直径78m・高さ13m、前方部は幅100m・高さ12.5mで、幅約15mの周濠が全周する。外堤は地形の変形が著しく、規模は明確でない。中世の高屋城築造や陵墓改修で墳丘本来の形態は大きく改変され、前方部北隅の直角部分が当初形態かも確認されていない。埴輪・須恵器とペルシャ製ガラス椀の年代観から6世紀前半頃の築造と考えられる。宮内庁が安閑天皇陵「古市高屋丘陵」として管理する。
埋葬施設・副葬品の詳細は不明。墳丘などから埴輪・須恵器が出土し、正倉院所蔵品と同種のペルシャ製ガラス椀も知られる。周濠は幅約15mで全周する。
陵墓指定により一般立入りは禁止されているが、外周道路から墳丘の輪郭を望むことができる。周囲は住宅地に囲まれているが墳丘自体はよく保存されている。羽曳野市教育委員会が周辺の考古学的調査を継続している。