| 所在地 | 大阪府羽曳野市・藤井寺市 |
|---|---|
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 122 m |
| 築造時期 | 6世紀初頭 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
墳丘長122mを測る前方後円墳で、古市古墳群の南端に位置する。3段に築かれた墳丘には葺石と埴輪列が巡らされており、後円部・前方部ともに良好な残存状態を保つ。周濠をもち、古墳時代後期の大型墳の典型的な構造を備える。安閑天皇(第27代)および継体天皇皇女・神前皇女の合葬墓と宮内庁に治定されており、古市古墳群の中でも特異な合葬陵として知られる。古市古墳群の最南端を画するこの古墳は、6世紀初頭という築造時期から、造墓活動が衰退期に入りつつも依然として大型墳を築き続けた時代を象徴する。安閑天皇は父・継体天皇から王権を受け継いだ大王で、「屯倉(みやけ)」制度の整備で知られる。神前皇女との合葬という特異な形態は、当時の葬送習俗や皇族の墓制を考えるうえで貴重な事例。
宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。
陵墓指定により一般立入りは禁止されているが、外周道路から墳丘の輪郭を望むことができる。周囲は住宅地に囲まれているが墳丘自体はよく保存されている。羽曳野市教育委員会が周辺の考古学的調査を継続している。