★ 世界遺産 大阪府羽曳野市・藤井寺市 方墳

鍋塚古墳

別名: (宮内庁管轄外)
所在地大阪府羽曳野市・藤井寺市
形状方墳
墳丘長63 m
築造時期4世紀末
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産

概要

三ツ塚の最大(63m)・最北の方墳。4世紀末の築造で国史跡。仲ツ山古墳に最も近接する三ツ塚の最北端で、仲ツ山古墳(290m)とほぼ同時期の造営とみられる。「鍋塚」という名の由来は諸説あるが、丸みのある形状への見立てとも。三ツ塚の中で最も仲ツ山古墳に近く、主墳の被葬者に最も近しい人物の墓とみる説がある。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。三ツ塚(鍋塚・中山塚・助太山)は南北に連続して仲ツ山古墳の南側に配置されており、その整然とした並びは古市古墳群の計画的な墓域造営を示す。三基の方墳は2001年に仲ツ山古墳(宮内庁管轄)とは別に国史跡として一括指定されており、主墳と一体の保護が図られている。仲ツ山古墳周辺の三ツ塚を巡るコースは、古市古墳群の入門ルートとして藤井寺市観光案内でも紹介されている。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
三ツ塚の最北かつ最大規模の方墳(墳丘長63m)。4世紀末(390〜400年代)の築造と推定され、三ツ塚の中では最古期に属する可能性がある。仲ツ山古墳(4世紀末〜5世紀初頭)とほぼ同時期の造営。「鍋塚(なべづか)」という名は「鍋(なべ)」すなわち鍋のような丸い形に由来するとも言われるが、方墳(四角形)という形態との整合性は乏しい。葺石・埴輪の存在が確認されており、仲ツ山古墳とほぼ同時期の葬送が行われたとみられる。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、藤井寺市が国史跡として管理。2001年に国史跡指定(三ツ塚一括)。三ツ塚の最北・最大規模。仲ツ山古墳(290m)の真南に近接して位置する。
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出典

藤井寺市教育委員会百舌鳥・古市古墳群 公式サイト

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