★ 世界遺産 大阪府羽曳野市・藤井寺市 方墳

野中古墳

(宮内庁管轄外)
所在地大阪府羽曳野市・藤井寺市
形状方墳
墳丘長37 m
築造時期5世紀中頃(文化庁)/5世紀後葉(藤井寺市)
指定区分国史跡
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産

概要

墓山古墳の後円部北側に位置する一辺37m・高さ5mの方墳。墳丘は2段に築かれ、周囲の濠は埋没保存されている。その配置から墓山古墳と関わりのある古墳と考えられる。古墳時代中期中葉の築造。国指定史跡「古市古墳群」の1基で、2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。

出土品・調査研究

大阪大学考古学研究室による1964年の発掘調査で、墳頂部に少なくとも5列の木箱が納められていたことが判明した。うち1基には人体埋葬が行われたと推測され、ほかの4基は副葬品の埋納施設と想定されている。木箱からは11領の鉄製甲、8鉢の鉄製冑、3鉢の革製冑のほか、刀・剣・鏃などの大量の鉄製武器、鉄製品の原料となる鉄鋌(てってい)、石臼、石杵、朝鮮半島製の陶質土器などが出土した。墳頂部からは陶質土器や、鎌・斧・刀子をかたどった石製模造品も出土している。濠の調査では4万点を超える臼玉や勾玉などの装身具、剣などをかたどった石製模造品が出土しており、古墳で行われた多様な祭祀の存在を伝えている。墳丘や濠からは円筒埴輪のほか形象埴輪も出土。成果は3Dデジタルアーカイブとして公開されている。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
被葬者不明。一辺約37mの方墳で古墳時代中期中葉(文化庁)/5世紀後葉(藤井寺市)の築造。大阪大学文学部国史研究室の1964年の発掘調査で、墳頂部に納められた木箱から多量の甲冑・鉄製武器・農工具などが確認された。膨大な鉄製品の副葬で知られる。方墳は古市古墳群に多く見られる形態で、大型前方後円墳の近くに点在して「方墳群」を形成する。3Dデジタルアーカイブにより現在も広く研究・教育に活用されている。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、藤井寺市が国史跡として管理。陵墓・陵墓参考地指定なし。1995年に墓山古墳の陪塚として国史跡に追加指定され、2001年に史跡「古市古墳群」へ統合された。大阪大学考古学研究室が調査を実施し、その成果はデジタルアーカイブとして公開されている。学術的な発掘調査が積極的に実施されている数少ない古市古墳群の古墳のひとつ。
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出典

百舌鳥・古市古墳群 公式サイト文化庁 文化遺産オンライン(世界遺産構成資産解説)藤井寺市「野中古墳」(1995年史跡指定)

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