★ 世界遺産
大阪府羽曳野市・藤井寺市
前方後円墳
峯ヶ塚古墳
(宮内庁管轄外)
| 所在地 | 大阪府羽曳野市・藤井寺市 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 96 m |
| 築造時期 | 5世紀末頃 |
| 指定区分 | 国史跡 |
| 世界遺産 | 百舌鳥・古市古墳群 構成資産 |
概要
墳丘長96m・前方部高10mの前方後円墳。羽曳野丘陵から東へ延びる尾根筋を下った扇状地上に前方部を西へ向けて築かれ、墳丘は2段、北側のくびれ部に造り出しがある。築造時は二重の周濠を備え、外濠は埋没保存されている。副葬品と埴輪の特徴から5世紀末頃の築造と考えられる。国指定史跡で、2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。
出土品・調査研究
1991年の調査で、後円部から4.3×2.2m・高さ1.9mの竪穴式石槨と、九州産石材による舟形石棺が確認された。銅鏡・大刀・甲・鉄鏃・玉類・馬具・盛矢具、渡来系要素の強い金銀製装身具など3,500点以上が出土し、長さ1.2mに達する装飾大刀も含まれる。2022年度の調査では、残存長約352cmの石見型木製品が出土し、羽曳野市は日本最大の木製埴輪としている。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
1991年の発掘調査で、後円部の埋葬施設から3,500点を超える副葬品が出土した。埋葬施設は4.3×2.2m・高さ1.9mの竪穴式石槨で、九州産(阿蘇)の石材で作られた舟形石棺が納められていた。石槨からは銅鏡・大刀・甲・鉄鏃・大量の玉類・馬具・盛矢具のほか、朝鮮半島からの渡来系要素の強い金・銀製装身具などが出土している。大刀には長さ1.2mに達するものや、特別な金銀製の装飾を付けたものが含まれ、実用を離れた儀仗用と考えられている。副葬品の豊富さと質の高さは大王クラスに匹敵するとされ、「古市古墳群終末期における最高権力者の墓」と評価されている。築造時期は古墳時代中期後葉で、5世紀末〜6世紀初頭とされ、古市エリアの中では比較的後期に属する。被葬者は不明だが、5〜6世紀の王権交代期(継体天皇即位の前後)に関わる人物の可能性を指摘する研究者もいる。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、羽曳野市が国史跡として管理。陵墓・陵墓参考地指定なし。1991年の発掘調査は羽曳野市教育委員会が実施。1974年に国史跡に指定され、2001年に史跡「古市古墳群」へ統合された。
出典
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