奈良県 前方後円墳

島の山古墳

所在地奈良県
形状前方後円墳
墳丘長200 m
築造時期4世紀末〜5世紀初頭

概要

奈良県磯城郡川西町に位置する墳丘長200mの大型前方後円墳。国指定史跡。5世紀前半の築造で、宮内庁管轄外のため発掘調査が実施されている。後円部に竪穴式石室をもち、三角縁神獣鏡などが出土。允恭天皇(第19代)の真陵とする説が有力で、宮内庁治定の市の山古墳(古市・227m)との比定論争で知られる。馬見丘陵公園の南方に位置し、川西町が史跡公園として整備している。允恭天皇は記紀において「正しい人を神明裁判(盟神探湯・くかたち)で選別した天皇」として知られ、氏姓制度の整備を行った天皇とされる。「島の山(しまのやま)」という地名は、周濠に囲まれた墳丘が「島」のように見えることに由来するとも言われる。発掘調査により実物の考古学資料が得られているため、宮内庁管轄の市の山古墳(未発掘)より学術的データが豊富で比較研究が可能。川西町立まほろと歴史資料館で出土品の展示を見学できる。

出土品・調査研究

【発掘調査】川西町教育委員会による複数次の発掘調査(国史跡1984年指定)。宮内庁管轄外であるため詳細な調査が可能。【埋葬施設・出土品】後円部から竪穴式石室が検出。銅鏡(三角縁神獣鏡含む)・石製腕輪類・鉄製品が出土。埴輪列(円筒・形象)も確認。5世紀前半の副葬品型式と允恭天皇の在位年代(5世紀中葉)が概ね合致。【展示】川西町立まほろと歴史資料館で出土品を展示。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
墳丘長200m・後円部径約120m・前方部幅約130m・3段築成の大型前方後円墳。5世紀前半の築造と推定される。葺石・埴輪列が確認されており、周濠を備える。発掘調査の結果、後円部から竪穴式石室が検出され、三角縁神獣鏡・石製腕輪類・鉄製品などが出土している。允恭天皇(在位431〜453年)の陵については宮内庁は別の古墳(市の山古墳・古市)を治定しているが、島の山古墳を真陵とする説が研究者の間で支持されている。出土品の型式年代(5世紀前半)は允恭天皇の治世と概ね合致する。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、川西町が管理する国指定史跡(1984年指定)。皇族・貴族の墓としての公式治定はなく、発掘調査が実施可能な数少ない大型古墳の一つ。允恭天皇の真陵とする説が考古学者の間で注目されているが、確証は得られていない。

探索メモ

最寄りは近鉄田原本線「笠縫」駅から徒歩約15分、または近鉄橿原線「結崎」駅から徒歩約20分。

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出典

Wikipedia川西町教育委員会国史跡指定書奈良県歴史文化資源データベース

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