| 所在地 | 大阪府堺市 |
|---|---|
| 形状 | 帆立貝形古墳 |
| 墳丘長 | 61 m |
| 築造時期 | 5世紀中頃 |
| 世界遺産 | 百舌鳥・古市古墳群 構成資産 |
陪冢と推定される帆立貝形古墳(墳丘長61m)。5世紀中頃の築造で百舌鳥古墳群南部に位置する。大仙陵古墳の周濠南側に近接し、地理的・形態的に陪冢の性格をもつとみられる。帆立貝形古墳の典型的形態をよく示しており、前方部(造り出し)が短縮された平面形が特徴。堺市の指定史跡として保護。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。「収塚(おさめづか)」という名は古来より人々がこの場所を埋葬に関わる聖なる塚として認識してきたことを示す。百舌鳥古墳群は5世紀の短期間に集中して造営された巨大な陵墓群であり、大型陵墓を中心にその陪冢・附属墳が取り巻く構造全体が「百舌鳥耳原」の景観を形成する。現在の堺市の市街地の中で古墳が点在する光景は、現代と古代が重なり合う独特の都市環境を生み出している。
宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。