★ 世界遺産 大阪府堺市 方墳

銅亀山古墳

別名: 仁徳天皇陵に号飛地
所在地大阪府堺市
形状方墳
墳丘長26 m
築造時期5世紀
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産

概要

大仙陵古墳の陪冢「に号」(第4番)。一辺約26mの方墳で5世紀の築造。方墳という形態は百舌鳥古墳群の陪冢としては珍しく、四角形の墳丘が特徴的。大仙陵古墳西側に位置し、宮内庁が「飛地」として管理する。方墳の陪冢は5世紀の大王墓に近しい特定の文化・氏族集団の人物が葬られた可能性を示唆する。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。方墳(ほうふん)は古墳時代の中期以降、主に大型古墳の陪冢として用いられるようになった。百舌鳥・古市両古墳群には多数の方墳が点在し、古市では特に多く(37〜49号古墳など)見られる。銅亀山古墳のように陪冢として指定された方墳は、5世紀の墳墓制度の多様性を示す貴重な事例。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
大仙陵古墳の陪冢(に号)。一辺約26mの方墳で5世紀の築造。方墳(四角形)という形態は大仙陵の陪冢としては珍しく、被葬者の特殊な地位・文化背景を示す可能性がある。方墳は前期古墳(3〜4世紀)に多く見られるが、5世紀にも継続して築かれた。「銅亀山(どうがめやま)」という名は「銅製の亀」に関連した伝承またはこの地で青銅器が出土したことに由来する可能性がある。
宮内庁見解
「仁徳天皇陵に号飛地」として宮内庁書陵部が管轄。「に号」はイロハ順第4番目(い・ろ・は・に)。方墳の陪冢は前方後円形・帆立貝形・円形に比べて珍しく、独自の格式を示す形態として注目される。大仙陵古墳の「飛地」として別敷地に管理される。
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出典

宮内庁百舌鳥・古市古墳群 公式サイト

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