大阪府
円墳
宮内庁治定陵墓
叡福寺北古墳
磯長墓(聖徳太子墓)
| 所在地 | 大阪府 |
| 形状 | 円墳 |
| 墳丘長 | 50 m |
| 築造時期 | 7世紀前半 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
南河内郡太子町の叡福寺境内にある円墳で、考古学では叡福寺北古墳と呼ばれる。聖徳太子墓として長く信仰され、寺院境内と陵墓が一体となった景観を形成する。
出土品・調査研究
精巧な切石造りの横穴式石室が知られる。3人の棺を納めるという説明は伝承であり、埋葬者の身元や副葬品は考古学的に確定していない。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
太子町は直径約50m・高さ約10mの円墳とする。柏原市の陵墓調査紹介では3段築成で東西約53m・南北約43mの楕円形平面とし、精巧な切石造りの横穴式石室を記す。築造時期は7世紀前半とする見解のほか、石室形式から7世紀後半の改葬を想定する見解がある。
宮内庁見解
宮内庁が聖徳太子の磯長墓として治定・管理する。太子町の公式解説では、聖徳太子、母の穴穂部間人皇后、妃の膳郎女を葬ったとの伝承から「三骨一廟」と呼ばれる。これは伝承上の被葬者説明であり、考古学的に3人の身元が確認されたものではない。
探索メモ
叡福寺境内から陵墓の拝所へ参拝できる。宮内庁管理区域には立ち入らず、寺院の参拝案内に従う。
出典
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