大阪府羽曳野市・藤井寺市 前方後円墳

野中宮山古墳

所在地大阪府羽曳野市・藤井寺市
形状前方後円墳
墳丘長154 m
築造時期4世紀末

概要

藤井寺市野中に位置する全長約154mの前方後円墳。古市古墳群の中でも最古期(4世紀末)に属し、その初期形成を代表する重要古墳。墳丘は3段築成で周濠を伴い、保存状態は比較的良好。大型前方後円墳が密集する古市古墳群の中核部に位置し、津堂城山古墳(208m・4世紀後半)に続く大型古墳として古市エリアの首長系譜を示す。住宅地の中に墳丘と周濠の一部が残り、周囲の道路が古墳の輪郭に沿っている。古市古墳群のなかでも津堂城山古墳に次ぐ最古期(4世紀末)の大型前方後円墳であり、古市エリアにおける首長権力の連続性を示す証拠として重要。墳名の「宮山(みややま)」は「神聖な山・御山」を意味し、古くからこの古墳が霊的な場所として認識されてきたことを示す。現地には案内板が設置されており、外周から墳丘の規模を確認できる。

出土品・調査研究

【発掘調査】藤井寺市教育委員会による確認調査。後円部を含む基本構造・周濠が確認。【出土品】碧玉製腕輪類・鉄製品・鏡類が出土したとの伝承あり(詳細不明)。円筒埴輪・葺石が確認されている。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
全長約154m・後円部径約95m・高さ約13m・前方部幅約84mの前方後円墳。4世紀末(古墳時代前期末〜中期初頭)の築造と推定される。3段築成で葺石・埴輪列が確認されている。周濠(幅約15〜18m)が四周を巡る。埋葬施設は竪穴式石室と推定され、碧玉製の腕輪類・鉄製品・鏡などの副葬品が出土したと伝わる。被葬者は不明だが、古市古墳群の初期段階を牽引した有力首長の墓とみられる。
宮内庁見解
宮内庁管轄外。藤井寺市が管理する市指定史跡。近隣の津堂城山古墳・仲哀天皇陵などとともに古市古墳群の初期形成を示す重要古墳として大阪府も保護対象としている。

探索メモ

最寄りは近鉄南大阪線「土師ノ里」駅から徒歩約10分。隣接する道明寺天満宮(学問の神)や允恭天皇陵と合わせて歴史散策コースとして人気が高い。古市古墳群の世界遺産の緩衝地帯に近く、大阪府内の前期古墳を巡る際の重要拠点。

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出典

Wikipedia藤井寺市教育委員会

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