| 所在地 | 大阪府堺市 |
|---|---|
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 58 m |
| 築造時期 | 5世紀中頃 |
堺市西区上野芝向ヶ丘町に位置する墳丘長59.1mの前方後円墳。石津川支流・百済川左岸の台地上に立地し、百済川越しに上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵・360m)を望む位置にある。1971年に国史跡指定を受けており、百舌鳥古墳群の中でも宮内庁管轄外として発掘調査が継続される貴重な古墳。後円部側のみに濠をもつ特異な構造と、百済川左岸という独特の立地が百舌鳥古墳群内での際立った個性を示す。「文珠塚(もんじゅづか)」という名称は文殊菩薩(知恵の菩薩)に由来するとも言われ、中世にこの古墳の上に文殊堂が建てられていた可能性が指摘されている。上石津ミサンザイ古墳を百済川越しに望む眺望は、本古墳の立地が主要な王陵の「眺望軸」上に意図的に設定された可能性を示唆する。百舌鳥古墳群世界遺産の緩衝地帯内に位置する。
【発掘調査】堺市教育委員会による保存整備計画のための発掘調査が2005年以降継続中。【出土品】5世紀代の須恵質埴輪が出土。埋葬施設の構造や副葬品の詳細は未判明。後円部側のみ濠が巡るという特異な構造が確認されている。葺石の痕跡あり。
塔塚古墳(一辺45mの方墳)と近接し、百舌鳥古墳群南西部の2古墳を合わせて訪問しやすい。国史跡であるため墳丘への立入は制限されるが、外周からの自由見学が可能。最寄りは南海本線「諏訪ノ森」駅から徒歩約8分。