大阪府 方墳

塔塚古墳

所在地大阪府
形状方墳
墳丘長45 m
築造時期5世紀後半

概要

堺市西区浜寺元町に位置する一辺約45mの三段築成方墳。5世紀中頃の築造で、発掘調査によって畿内の横穴式石室の初現的形態が確認された考古学上きわめて重要な古墳。石室からは金銅製の馬具・短甲・鉄製武器・勾玉・方格八乳鏡・位至三公鏡など豊富な副葬品が出土しており、被葬者の高い身分を物語る。かつて「四ツ塚古墳群」の一基であったが経塚・赤山・高月の3基は消滅し、塔塚古墳のみが現存する。「塔塚」という名称は墳丘が遠方から仏塔の台座のように見えたことに由来するとも言われる。副葬品の「位至三公鏡(いしさんこうきょう)」は中国・魏晋時代の鏡で5世紀の日中交流を示す資料。百舌鳥古墳群の構成古墳ではなく、その西方の浜寺の台地上に単独で位置する(旧・四ツ塚古墳群)。

出土品・調査研究

【発掘調査】昭和33年(1958)・平成6年(1994)の2次調査が実施(堺市教育委員会)。【出土品】石室から:馬具(金銅製花形飾金具・木心鉄張輪鐙〔もくしんてつばりわあぶみ〕・鉄製轡)、武器武具(短甲・刀・鉄鏃)、装飾品(硬玉製勾玉・ガラス製勾玉・丸玉・小玉・粟玉)。木棺内:方格八乳鏡・位至三公鏡(中国・魏晋製の輸入鏡)。濠から:円筒埴輪・盾形埴輪。【学術的意義】「安山岩の偏平な割石を急角度に持ち送って積む」石室構造が畿内の横穴式石室の初現的形態として最重要資料。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
一辺約45m・高さ約4mの三段築成方墳。堺市教育委員会の調査によれば5世紀中頃の築造。昭和33年(1958)の発掘調査で横穴式石室(玄室長2.4m・幅2.2m・羨道長0.5m・幅0.9m)が確認された。石室は安山岩の偏平な割石を急角度に持ち送って積む工法で築かれており、竪穴式石室に類似した方法をとる。この構造は畿内における横穴式石室の初現的(最初期)形態として考古学上きわめて重要な資料とされている。石室からは馬具(金銅製花形飾金具・木心鉄張輪鐙・鉄製轡)・武器武具(短甲・刀・鉄鏃)・装飾品(硬玉製勾玉・ガラス製勾玉・丸玉・小玉・粟玉)が出土。木棺内からは鏡2面(方格八乳鏡・位至三公鏡)が発見された。濠からは円筒埴輪と盾形埴輪が出土している。百舌鳥古墳群の方墳では最大級の一つ。被葬者は不明。
宮内庁見解
宮内庁管轄外。大阪府指定史跡として堺市が管理。浜寺元町の住宅地に保存されており、昭和33年(1958)と平成6年(1994)の2度にわたり発掘調査が実施されている。

探索メモ

見学は外周からの自由見学が可能。最寄りは南海本線「諏訪ノ森」駅から徒歩約10分。

⛩ インタラクティブ地図で見る 📍 Google マップ

出典

堺市教育委員会Wikipedia

関連する古墳

大仙陵古墳(525m) 上石津ミサンザイ古墳(365m) 土師ニサンザイ古墳(300m) 御廟山古墳(203m) 田出井山古墳(148m) いたすけ古墳(146m)
← 百舌鳥大塚山古墳(跡地) 文珠塚古墳 →