堺市西区上野芝町に存在した全長168mの前方後円墳。4世紀末の築造で、百舌鳥古墳群では5番目の規模だった。戦後の土砂採取と宅地開発で破壊が進み、1949年に緊急発掘調査が行われた。1985年までに完全に消滅した。
8基の粘土槨から鏡、玉類、櫛、大量の刀剣・鉄鏃・甲冑・工具などが出土した。
墳丘は現存しない。出土した鉄製品の一部は堺市博物館で展示されている。