大阪府堺市 帆立貝形古墳

定の山古墳

所在地大阪府堺市
形状帆立貝形古墳
墳丘長69 m
築造時期5世紀

概要

堺市北区百舌鳥夕雲町に位置する全長約69mの帆立貝形古墳。百舌鳥川を見渡す台地の辺縁部に築かれており、前方の「造り出し」部を西に向けた形状をとる。帆立貝形は百舌鳥古墳群で3基のみ確認されている希少な墳形で、前方後円墳の首長に準じる高位の人物の墓に用いられた。発掘調査で家形埴輪・須恵器(壺・坏)の出土が確認されており、5世紀の百舌鳥地域の有力者の葬制を伝える貴重な遺跡。現在は「城の山公園」として整備され、墳丘の周囲を散策できる。「城の山(しろのやま)」という公園名は、江戸時代にこの一帯の地形が城郭を思わせる高台として認識されていたことに由来するとも言われる。帆立貝形の「造り出し」部は、埴輪を並べての葬送祭祀空間として機能したと考えられており、本古墳の発掘でも造り出し付近から形象埴輪が出土している。土地区画整理事業の際に墳丘の一部が変形した経緯をもつが、2025年現在は公園として整備され見学しやすい環境が整っている。大仙陵古墳・上石津ミサンザイ古墳とともに「百舌鳥古墳群東側ルート」の見学拠点として、御廟表塚古墳(2025年4月公開)との合わせた周遊が推奨されている。百舌鳥古墳群世界遺産緩衝地帯内に位置する。

出土品・調査研究

【発掘調査】堺市教育委員会による調査が実施。後円部が2段築成であることが確認され、周濠が巡ることも判明。【出土品】濠から朝顔形埴輪を含む円筒埴輪・家形埴輪などの形象埴輪・須恵器(壺・坏)が出土。葺石の痕跡も確認。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
後円部径約53m・高さ約7m、造り出し部を含む全長69mの帆立貝形古墳。5世紀(古墳時代中期)の築造と推定される。発掘調査では後円部西側から埴輪列が確認され、後円部が2段築成であることが判明した。また周濠の存在が確認されており、濠からは朝顔形埴輪を含む円筒埴輪・家形埴輪などの形象埴輪、須恵器(壺・坏)が出土している。葺石の痕跡も確認。埋葬施設は竪穴式石室と推定されるが、詳細は未確認。百舌鳥古墳群の帆立貝形古墳3例(御廟表塚84.8m・本古墳69m・ドンチャ山古墳)のうちの一つ。被葬者は不明。
宮内庁見解
宮内庁管轄外。堺市が「城の山公園(百舌鳥城ノ山古墳公園)」として整備・管理する市指定史跡。土地区画整理事業に伴い墳丘形状の一部が変形したものの、現在は公園として保存整備されている。

探索メモ

最寄りはJR阪和線「三国ヶ丘」駅から徒歩約10分、または地下鉄御堂筋線・南海高野線「中百舌鳥」駅から徒歩約15分。

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出典

堺市教育委員会

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