京都府
前方後円墳
宮内庁治定陵墓
黄金塚2号墳
別名: (宮内庁:伊予親王 巨幡墓)
| 所在地 | 京都府 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 120 m |
| 築造時期 | 4世紀末〜5世紀初頭 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
京都市伏見区桃山町、伏見の丘に隠れた「京都市最大の古墳」。平安京よりはるか前、この盆地に王権級の首長がいたことを静かに証言する。
出土品・調査研究
後円部の埋葬施設は粘土槨(1974年度の宮内庁書陵部立会調査で確認)。副葬品に革綴冑の小札・円形金具。1995年度調査で墳丘から盾形埴輪(人面線刻付を含む)を検出。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
墳丘長約120m・後円部径約60mの前方後円墳で、前方部の大半は失われている。京都市の研究資料では4世紀末〜5世紀初頭に位置づけられ、市域最大の古墳として北山城の有力首長墓と評価される。
宮内庁見解
後円部墳頂の五輪塔が、宮内庁により桓武天皇の皇子・伊予親王(807年、冤罪により母と自害)の「巨幡墓」に治定されている(1884年治定)。墳丘全体が治定域として管理され、立ち入れない。
探索メモ
参道入口は施錠されており、外観のみ見学できる。JR「桃山」駅圏。
出典
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