大阪府 前方後円墳

禁野車塚古墳

別名: (宮内庁管轄外)
所在地大阪府
形状前方後円墳
墳丘長120 m
築造時期4世紀前半

概要

北河内最大の前方後円墳(墳丘長120m)。4世紀前半という大阪府内最古級の築造年代を誇り、初期古墳(前期古墳)の特徴を色濃く残す。「バチ形前方部」(前端部が扇状に広がる形)は古墳時代前期の典型的な形態。後円部頂部に竪穴式石室をもつとみられ、鉄器・銅鏡が出土。枚方市楠葉(くずは)地区に位置し、国史跡として保護されている。「禁野(きんや)」の地名が示すように、楠葉丘陵は古代の朝廷と深く結びついた地域で、枚方は淀川水運と陸路を結ぶ要衝「交野(かたの)」に近接する。「車塚(くるまづか)」という名は車輪形の埴輪や祭具が埋納されていた伝承に由来するとも言われる。周辺には他にも前期古墳が点在し「楠葉古墳群」を構成する。

出土品・調査研究

【発掘調査】枚方市・大阪府の発掘調査で後円部頂部の竪穴式石室(部分確認)と葺石・埴輪が確認されている。【出土品】鉄製品・銅鏡(少量)が出土したとの記録あり。撥形前方部の形状・二段以上の築成構造が確認されている。国史跡(1952年指定)。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
被葬者不明。4世紀前半という大阪府内最古級の築造時期をもつ大型前方後円墳。墳丘長120m・後円部径約70m・高さ約11m・前方部幅約52m(バチ形)。「バチ形前方部」は前期古墳の特徴で、三味線のバチのように前端が開く形を指す。竪穴式石室が後円部頂部に置かれているとみられ、鉄製武器・銅鏡の出土が知られている。4世紀前半という時期は、大和政権が初期の古墳秩序を形成し、各地の豪族と連合体制を整えていた段階にあたる。北河内最大の首長の墓として地域の政治的中心を担っていたと推定される。
宮内庁見解
宮内庁管轄外。国史跡。枚方市が管理。陵墓・陵墓参考地の指定はなく、発掘調査が実施可能。1952年に国の史跡に指定された。

探索メモ

見学は外周からのみ可能(国史跡につき立入制限あり)。

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出典

枚方市教育委員会国史跡指定書

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