奈良県 墳形不明 宮内庁治定陵墓

二上山墓

別名: 大津皇子墓
所在地奈良県
形状墳形不明
指定区分陵墓
陵墓指定宮内庁管轄(一般立入不可)

概要

葛城市染野、二上山雄岳の山頂に治定された大津皇子墓。万葉集の挽歌で知られる場所だが、治定と考古学上の候補は区別して紹介する。

出土品・調査研究

埋葬施設・出土品は公開資料上不明。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
二上山雄岳山頂にある宮内庁治定墓。公開資料からは墳丘の考古学的な形・規模・築造年代・埋葬施設・出土品を確定できない。宮内庁の治定とは別に、山麓の鳥谷口古墳を大津皇子の墓とみる考古学説がある。
宮内庁見解
宮内庁が「二上山墓(ふたかみやまのはか)」として管理し、天武天皇の皇子・大津皇子の墓に治定する(二上山雄岳山頂・標高517m)。686年に謀反の嫌疑で自害した悲劇の皇子で、姉・大伯皇女の挽歌が万葉集に残る。学界では山麓の鳥谷口古墳を真墓とする説が有力。

探索メモ

近鉄二上神社口駅または当麻寺駅から雄岳山頂まで徒歩約1時間30分〜2時間。

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出典

葛城市 大津皇子の墓衆議院質問主意書答弁(陵墓治定一覧)

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