奈良県
円墳
宮内庁治定陵墓
傍丘磐杯丘南陵
別名: 顕宗天皇傍丘磐杯丘南陵
| 所在地 | 奈良県 |
| 形状 | 円墳 |
| 墳丘長 | 20 m |
| 築造時期 | 5世紀末 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
奈良県香芝市畑地区に位置する宮内庁管轄の顕宗天皇陵(傍丘磐杯丘南陵)。第23代顕宗天皇(在位485〜487年)の陵として治定された小丘陵で、北側の武烈天皇陵(傍丘磐杯丘北陵・ID409)と対をなす。「傍丘(かたおか)」は香芝市の地名で、顕宗・武烈両天皇陵が隣接して指定されている。清寧天皇崩御後の王位継承の混乱と、顕宗・仁賢・武烈という短命天皇が連続した5世紀末〜6世紀初頭の不安定な王位継承を伝える史跡。
出土品・調査研究
宮内庁陵墓参観制度により調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
被葬者は考古学的に確定していない。顕宗天皇(在位485〜487年)は清寧天皇の崩御後に即位し、蘇我氏台頭前夜の王位継承に関与した天皇。記紀によれば顕宗天皇・仁賢天皇の兄弟は清寧天皇の時代に身を隠していたとされる。宮内庁治定地点は香芝市畑の小丘で、古墳構造の詳細は不明。同じ香芝市にある大型古墳「北きつい城山古墳(140m)」が顕宗または武烈天皇の真陵候補として研究者から提示されている(ID258コンピラ山古墳の記述参照)。
宮内庁見解
正式名称「傍丘磐杯丘南陵(かたおかのいわつきのおかのみなみのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。第23代顕宗天皇(在位485〜487年)の陵として治定。北陵(武烈天皇傍丘磐杯丘北陵)と隣接し、「傍丘(かたおか)」と呼ばれる香芝市畑地区の丘陵に南北に並ぶ形で指定されている。規模は小さく、明確な古墳構造は確認されていない。陵墓参観制度により立入制限あり。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県香芝市北今市/交通:JR 香芝駅から徒歩約19分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。
探索メモ
近鉄大阪線「五位堂」駅から徒歩約20〜25分。隣接する武烈天皇陵(北陵・ID409)と合わせて見学できる。同じ香芝市内の大型古墳「北きつい城山古墳(140m・ID258)」が顕宗または武烈の真陵候補として注目されており、セットで訪問すると宮内庁指定地と考古学的候補の比較が可能。
出典
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