奈良県
円墳
宮内庁治定陵墓
傍丘磐杯丘北陵
別名: 武烈天皇傍丘磐杯丘北陵
| 所在地 | 奈良県 |
| 形状 | 円墳 |
| 墳丘長 | 20 m |
| 築造時期 | 6世紀初頭 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
奈良県香芝市畑地区に位置する宮内庁管轄の武烈天皇陵(傍丘磐杯丘北陵)。第25代武烈天皇(在位499〜506年)の陵として治定された小丘陵。南側の顕宗天皇陵(南陵・ID408)と隣接する。武烈天皇の崩御後、継体天皇が即位したことは古代日本の王統継承史における最大の転換点のひとつとされ、継体天皇の出自と正統性をめぐる論争は現代でも続く。武烈天皇陵はその「王統断絶か継続か」という歴史的議論の象徴的な場所。
出土品・調査研究
宮内庁陵墓参観制度により調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
被葬者は考古学的に確定していない。武烈天皇(在位499〜506年)は日本書紀で残虐な行為を多数記した天皇として描かれるが、歴史学者の多くはこれを後代の政治的意図による誇張と解釈する。武烈天皇の崩御後に継体天皇が即位したことは、大王家の血統継承に重大な変化があったことを示す。宮内庁治定地点は小丘陵で古墳構造の詳細は不明。「北きつい城山古墳(140m)」(ID258)が考古学的な武烈天皇陵候補として注目される。
宮内庁見解
正式名称「傍丘磐杯丘北陵(かたおかのいわつきのおかのきたのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。第25代武烈天皇(在位499〜506年)の陵として治定。南陵(顕宗天皇傍丘磐杯丘南陵・ID408)と隣接する小丘陵で、香芝市畑地区の「傍丘(かたおか)」に指定されている。武烈天皇は継体天皇の前代として大王家の血統断絶後に即位した天皇とみられ、その崩御後に「応神天皇の5世の孫」として継体天皇が北陸から迎えられた。規模は小さく、明確な古墳構造は確認されていない。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県香芝市今泉/交通:JR 志都美駅から徒歩約8分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。
探索メモ
近鉄大阪線「五位堂」駅から徒歩約20〜25分。南側の顕宗天皇陵(ID408)と合わせて見学できる。武烈天皇の後を継いだ継体天皇の陵(太田茶臼山古墳・ID61)と合わせた「大王交替の時代めぐり」ルートも興味深い。
出典
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