大阪府 前方後円墳

黒姫山古墳

別名: (宮内庁管轄外)
所在地大阪府
形状前方後円墳
墳丘長114 m
築造時期5世紀中〜後半

概要

甲冑出土数が日本最多(短甲24領・冑28領を含む計80点以上)の前方後円墳。堺市美原区に位置し、墳丘長114m・後円部径約62m・前方部幅約72mを測る。5世紀中〜後半の築造。出土甲冑は百舌鳥・古市古墳群の中間に位置するこの古墳の「軍事司令官」的被葬者を示唆する。前方部くびれ部の造り出し(祭祀台)に甲冑が一括埋納されており、国内有数の武器庫的古墳として知られる。国史跡。甲冑の一括出土で考古学上非常に重要な古墳。黒姫山古墳から出土した短甲24領は単一古墳からの出土数として国内最多であり、日本古代の軍制・兵器生産体制を解明する上で第一級の資料となっている。出土甲冑は大阪府立近つ飛鳥博物館と堺市博物館に分散展示されており、見学が可能。「黒姫山」という名称は、地元の民間伝承に由来するが具体的な女性人物との結びつきは確認されていない。百舌鳥・古市の二大古墳群のちょうど中間に位置するため、両群の勢力間で軍事的役割を担った人物が葬られたとする説が根強い。古墳に隣接して住宅地が広がるが、墳丘部分は良好に保存されている。

出土品・調査研究

【発掘調査】堺市教育委員会による発掘調査が実施(国史跡指定前後)。【出土品】前方部くびれ部の造り出しに一括埋納された武器・武具:短甲24領・衝角付冑28領を含む甲冑計80点以上(単一古墳の出土数として国内最多)・鉄刀・鉄鏃・玉類・馬具。【展示・保管】出土甲冑は大阪府立近つ飛鳥博物館・堺市博物館に分散展示。鉄鏃などは堺市立博物館収蔵。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
被葬者不明。5世紀中〜後半の築造。最大の考古学的特徴は甲冑の一括出土で、短甲(たんこう)24領・衝角付冑(しょうかくつきかぶと)28領を含む計約80点以上の武器・武具が出土しており、国内の一古墳から出土した甲冑としては最多。甲冑は前方部くびれ部の造り出しに一括して埋納されており、副葬品の意図的配置が読み取れる。その他の出土品には鉄刀・鉄鏃・玉類・馬具が含まれ、軍事的性格の強い人物の墓と判断されている。埴輪の型式から5世紀後半(470年代前後)の年代が有力。
宮内庁見解
宮内庁管轄外。国史跡。堺市美原区に所在し、堺市教育委員会が管理。明治期以降に天皇・皇族の墓として指定された記録はなく、被葬者は不明のまま。陵墓参考地にも指定されていないため、発掘調査が実施可能な数少ない大型古墳のひとつ。1952年に国の史跡に指定。
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出典

堺市教育委員会国史跡指定書

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