大阪府 円墳

阿武山古墳

(藤原鎌足墓説)
所在地大阪府
形状円墳
墓域の直径82m
築造時期7世紀中頃〜後半
指定区分国史跡

概要

古墳時代終末期の墓。花崗岩切石と厚い素焼きタイルを組み、内部を漆喰で仕上げた墓室に夾紵棺を納めていた。棺内には玉枕を用い錦をまとった約60歳の男性遺体があった。『多武峰略記』の記述などから藤原鎌足墓説が有力だが、被葬者は未確定。

出土品・調査研究

銀線で青・緑のガラス玉を連ねた玉枕、錦、金糸刺繍の冠帽が確認された。保存されたX線写真の分析から、男性が死の数か月前に肋骨などを骨折していたことが分かる。2024年のX線解析は冠帽が大織冠である可能性を高めたが、確定ではない。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
1934年、京都大学の地震観測施設建設中に発見された。阿武山中腹の標高約210mの尾根上にあり、盛土はない。幅約2.5mの浅い円形溝が直径82mの墓域を区画する。この82mは墳丘長ではない。中央墓室には夾紵棺が置かれていた。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓ではない。1983年8月30日に国史跡に指定された。被葬者を藤原鎌足とする説が有力だが、確定してはいない。

探索メモ

発見時の調査後、遺体と遺物は元の状態に埋め戻された。駐車場はなく、最寄りのバス停から約2kmの坂道を歩く。

⛩ インタラクティブ地図で見る 📍 Google マップ

出典

高槻市 史跡阿武山古墳茨木市 史跡阿武山古墳文化庁 国指定文化財等データベース 阿武山古墳高槻市 阿武山古墳の築造時期帝塚山大学 阿武山古墳出土冠帽のX線分析

関連する古墳

大仙陵古墳(486m) 上石津ミサンザイ古墳(365m) 土師ニサンザイ古墳(300m) 御廟山古墳(203m) 田出井山古墳(148m) いたすけ古墳(146m)
← 太田茶臼山古墳 河内大塚山古墳 →