| 所在地 | 大阪府 |
|---|---|
| 形状 | 円墳 |
| 墓域の直径 | 82m |
| 築造時期 | 7世紀中頃〜後半 |
| 指定区分 | 国史跡 |
古墳時代終末期の墓。花崗岩切石と厚い素焼きタイルを組み、内部を漆喰で仕上げた墓室に夾紵棺を納めていた。棺内には玉枕を用い錦をまとった約60歳の男性遺体があった。『多武峰略記』の記述などから藤原鎌足墓説が有力だが、被葬者は未確定。
銀線で青・緑のガラス玉を連ねた玉枕、錦、金糸刺繍の冠帽が確認された。保存されたX線写真の分析から、男性が死の数か月前に肋骨などを骨折していたことが分かる。2024年のX線解析は冠帽が大織冠である可能性を高めたが、確定ではない。
発見時の調査後、遺体と遺物は元の状態に埋め戻された。駐車場はなく、最寄りのバス停から約2kmの坂道を歩く。