★ 世界遺産 大阪府堺市 帆立貝形古墳

菰山塚古墳

別名: 仁徳陵古墳陪冢ち号飛地
所在地大阪府堺市
形状帆立貝形古墳
墳丘長36 m
築造時期5世紀
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産

概要

大仙陵古墳の陪冢「ち号飛地」。帆立貝形古墳で墳丘長36m。5世紀の築造。帆立貝形の中では小型の部類で、陪冢の規模的序列の下位に位置する。大仙陵古墳の北側外縁に位置し、百舌鳥台地の北部エリアを構成する。「菰山塚」という名は菰(マコモ)が茂る地形を示す地名で、古墳周辺が水辺の湿地であったことを伝える。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。大仙陵古墳の陪冢のうち宮内庁が管理するものはイロハ順・甲乙丙順の二系統で管理されており、符号体系が複雑になっているのは、陪塚の発見や治定が複数の時期に行われたためとみられる。菰山塚古墳のような小型の陪冢も世界遺産構成資産に含まれることで、百舌鳥古墳群の「群」としての景観的一体性が世界的に評価されていることを示す。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
大仙陵古墳の陪冢(ち号飛地)。帆立貝形古墳で墳丘長36m。5世紀の築造。帆立貝形の中では小型で、陪冢としてはやや下位の格式をもつとみられる。宮内庁の管理番号が源右衛門山古墳(ち号)と重複していることは、陪塚の整理が複雑であったことを示す。「菰山塚(こもやまづか)」という名は菰(こも:植物のマコモ)が茂る丘の塚を意味し、古墳周辺が湿地帯・水辺であった歴史を示唆する。
宮内庁見解
「仁徳陵古墳陪冢ち号飛地」として宮内庁書陵部が管轄。先の源右衛門山古墳もち号であるため(符号の重複または別途管理)、本古墳は「ち号飛地(別地点のち号)」として管理される。大仙陵古墳の「飛地」として独立した敷地で管理される。
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出典

宮内庁百舌鳥・古市古墳群 公式サイト

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