| 所在地 | 大阪府 |
|---|---|
| 形状 | 双方墳 |
| 墳丘長 | 61 m |
| 築造時期 | 7世紀中頃 |
大阪府南河内郡太子町に位置する2基の方墳が連接した双方墳(全長約61m)。叡福寺(聖徳太子廟)のすぐ近くに所在し、7世紀中頃(古墳時代終末期)の築造。2基の方墳が東西に並んで連接する珍しい形態をもち、国指定史跡に指定されている。「二子塚(ふたごづか)」の名は2基の方墳が並ぶ双子のような形に由来する。磯長谷古墳群の一基として、太子町の古代史的景観を構成する重要な遺跡。双方墳という形式は日本全国でも数例しか確認されておらず、二子塚古墳はその代表例として考古学的に注目される。同じ太子町にある磯長谷の皇族墓群(推古・用明・敏達・聖徳太子墓)とともに「王陵の谷」として整備されており、見学コースの一角をなす。聖徳太子廟(叡福寺)
発掘調査の記録は限られている。地表採集品として埴輪片・土器片が報告されているが、埋葬施設の詳細は未確認。
から徒歩数分の距離にあり、叡福寺参拝と合わせた見学が一般的。「太子町歴史資料館」で磯長谷古墳群全体の解説を見学できる。最寄りは近鉄「上ノ太子」駅からバス利用。