| 所在地 | 大阪府 |
|---|---|
| 形状 | 群集墳 |
| 築造時期 | 6世紀前半〜7世紀中頃 |
大阪府南河内郡河南町・太子町にまたがる262基からなる大規模群集墳。23の支群に分かれ、6〜7世紀の横穴式石室をもつ円墳・方墳が主体。大阪府内の群集墳としては最大規模の国指定史跡。磯長谷の皇族墓群(聖徳太子廟・推古天皇陵等)と近接する地域にあり、飛鳥時代の河内・和泉地域の地域豪族層の墓群として重要。
体系的な発掘調査は一部支群のみ。横穴式石室・副葬品(須恵器・鉄製品・玉類等)が複数基から出土している。
一須賀古墳群は磯長谷古墳群(皇族墓)・太子道(古代道)と近接しており、この地域が飛鳥時代の政治・交通の要衝だったことを示す。262基という規模は大阪府最大の群集墳で、皇族墓に仕えた廷臣・豪族層の墓群を反映する。支群ごとに横穴式石室の構造・規模が異なり、階層的な社会構造を墓制から読み取れる。一須賀古墳群のある丘陵は現在もほぼ原形を保ち、散策路が整備されている。最寄りは近鉄長野線「上ノ太子」駅からバス「聖和台」経由で徒歩約15〜20分。