大阪府 群集墳

一須賀古墳群

所在地大阪府
形状群集墳
群内の円墳の一般的な直径約15~20m
築造時期6世紀前半〜7世紀前半
指定区分国史跡

概要

文化庁は約270基・6世紀前半以降、太子町は200余基・6世紀中頃以降と説明しており、基数と開始時期に差がある。文化庁によれば80基余りが発掘されている。

出土品・調査研究

須恵器、ミニチュア炊飯具、金銅製沓、垂飾付耳飾、環頭大刀などが出土。文化庁と太子町は渡来系集団の関与を推定するが、個々の被葬者は不明。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
太子町から河南町にまたがる丘陵上の大規模群集墳。文化庁の解説では約270基で、大半は直径15〜20m前後の円墳、少数が方墳。木棺直葬の数基を除いて横穴式石室をもち、2〜4基の棺と追葬例が多い。文化庁は造営が6世紀前半に始まり、後半から末に最盛期を迎え、7世紀前半までに終わったとする。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓ではない。1994年10月7日に国史跡に指定された。

探索メモ

古墳群の一部は大阪府立近つ飛鳥風土記の丘として公開されている。公開範囲と見学路の案内に従う。

⛩ インタラクティブ地図で見る 📍 Google マップ

出典

公的資料 群内の円墳の一般的な直径文化庁 国指定文化財等データベース 一須賀古墳群(指定・基数・構造・年代)太子町 一須賀古墳群(基数・年代の別説・出土品)大阪府 一須賀古墳群・近つ飛鳥風土記の丘(公開範囲)

関連する古墳

大仙陵古墳(486m) 上石津ミサンザイ古墳(365m) 土師ニサンザイ古墳(300m) 御廟山古墳(203m) 田出井山古墳(148m) いたすけ古墳(146m)
← 松岳山古墳 高安古墳群 →