★ 世界遺産 大阪府堺市 前方後円墳

永山古墳

別名: 仁徳天皇陵陪冢
所在地大阪府堺市
形状前方後円墳
墳丘長100 m
築造時期5世紀
世界遺産百舌鳥・古市古墳群 構成資産

概要

大仙陵古墳北東に位置する墳丘長100mの前方後円墳形の陪冢。百舌鳥古墳群の中では中規模の独立した前方後円墳で、大仙陵古墳の陪冢のうち最大規模のひとつ。三段築成の墳丘に周濠を備え、5世紀の大型陪冢の典型的な形態をとる。陪冢制度は5世紀の大王陵を中心に発達し、百舌鳥・古市両古墳群において合計十数基の陪冢が確認されている。2019年世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産。大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の直接管理区域ではなく「飛地」として別個に宮内庁が管理する。陪冢(ばいちょう)という制度は古代東アジア各地に見られ、日本では5世紀の大王陵周辺に集中する。陪冢の存在は大王の権勢を示すと同時に、大王家に近しい人々が死後も主君の傍らに葬られた葬送観念を示す。名前の「永山(ながやま)」は古くからこの地に伝わる地名に由来し、古墳の形状(後円部が丘のようになっていること)との関連も考えられる。

出土品・調査研究

宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周・周濠からの外観見学のみ可能。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の陪冢とみられる前方後円墳。墳丘長100m・3段築成。5世紀の築造で、大仙陵の造営と同時期か直後に築かれたとみられる。被葬者は大仙陵の主被葬者と密接な関係をもつ有力者(大王の配偶者・皇子・重臣等)と推定されるが、特定はできていない。百舌鳥古墳群の中では中規模の前方後円墳で、陪冢としては大型の部類に入る。
宮内庁見解
「仁徳天皇陵陪冢(ばいちょう)飛地」として宮内庁書陵部が管轄。陪冢とは主墳の被葬者に近しい人物(従者・眷属・同族)を葬った附属墳で、大仙陵古墳の周辺に複数配置されている。「飛地」とは主墳の直接周辺ではなく離れた場所に所在することを示す。
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出典

宮内庁百舌鳥・古市古墳群 公式サイト

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