滋賀県
円墳
宮内庁治定陵墓
市辺押磐皇子墓
別名: 磐坂市辺押磐皇子墓(古保志塚)
| 所在地 | 滋賀県 |
| 形状 | 円墳 |
| 墳丘長 | 15 m |
| 築造時期 | 6世紀 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
東近江市市辺町、王位継承の悲劇で知られる市辺押磐皇子の墓。皇子の遺児がのちに顕宗・仁賢天皇として即位する物語は記紀屈指のドラマで、その原点に立てる場所。
出土品・調査研究
横穴式石室(未調査)。出土品は知られていない。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
径約15m・高さ約3.5mの円墳(東墳)で、横穴式石室をもつ(未調査)。西側に並ぶ円墳は皇子に殉じた帳内・佐伯部売輪の墓と伝えられ、2基あわせて「古保志塚」と呼ばれる。『日本書紀』は雄略天皇に射殺された皇子が近江の蚊屋野に葬られ、のちに二つの墓が作られたと記す——記紀の悲劇の舞台に治定された墓。
宮内庁見解
宮内庁が「磐坂市辺押磐皇子墓(いわさかのいちのべのおしはのみこのはか)」として管理する(1875年治定)。履中天皇の皇子で、顕宗・仁賢両天皇の父にあたる市辺押磐皇子の墓。
探索メモ
近江鉄道「市辺」駅から徒歩約17分。外から見学できる。
出典
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