滋賀県
円丘
宮内庁治定陵墓
村居田古墳
別名: 息長陵(広姫)
| 所在地 | 滋賀県 |
| 形状 | 円丘 |
| 築造時期 | 5世紀中頃〜後半 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
米原市村居田、継体天皇の系譜に連なる息長氏の里に治定された皇后陵。阿蘇ピンク石の石棺が眠るという伝承は、野洲の円山・甲山古墳(id:600・592)とともに、琵琶湖水運で九州とつながった近江の姿を映す。
出土品・調査研究
阿蘇溶結凝灰岩製の家形石棺(1696年出現・再埋納)。冠・太刀・鏡の出土伝承。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
1696年の光運寺工事で墳丘の大部分が削平され、墳形・規模は不明(前方後円形だったとする説もある。現在の円丘は明治期の造成)。その際に阿蘇溶結凝灰岩製の家形石棺(長さ2.2m)が現れ、冠・太刀・鏡などが出土したと伝わる(再埋納)。九州産の阿蘇石棺は5世紀中頃〜後半の築造を示し、広姫(575年没)とは年代が合わないとする見解が強い。息長氏の本拠地・米原に立地する。
宮内庁見解
宮内庁が「息長陵(おきながのみささぎ)」として管理し、敏達天皇の皇后・広姫の陵に治定する(1874年治定)。拝所からの参拝のみ可能。
探索メモ
宮内庁管理のため拝所から参拝する。山津照神社古墳(id:626)と近く、息長古墳群めぐりの起点になる。
出典
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