奈良県
前方後円墳
宮内庁治定陵墓
鳥屋ミサンザイ古墳
別名: 宣化天皇身狹桃花鳥坂上陵
| 所在地 | 奈良県 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 138 m |
| 築造時期 | 6世紀前半 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
奈良県橿原市鳥屋町付近に所在する前方後円墳(約129m)で、宮内庁が第28代宣化天皇の陵(身狹桃花鳥坂上陵)として治定。「鳥屋ミサンザイ古墳」とも呼ばれる。古墳時代後期の前方後円形を保持した陵墓で、橿原市南部の田園地帯に位置する。継体天皇→安閑天皇→宣化天皇→欽明天皇と続く6世紀の大王陵の系譜上にあり、それぞれ古市・奈良・橿原・飛鳥と広がる分布が大和政権の空間的展開を示す。外周からの見学のみ可能。
出土品・調査研究
宮内庁陵墓参観制度により発掘調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。外周からの外観見学のみ可能。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
被葬者は考古学的に確定していない。前方後円墳として約138mの墳丘長をもち、6世紀前半の築造と推定される。宣化天皇(在位535〜539年)は継体天皇の第二子で、兄の安閑天皇(高屋築山古墳・ID50)崩御後に即位した。在位期間は約4年と短命。外交・内政面で蘇我稲目が台頭し始めた時期に重なり、蘇我氏勃興の前夜ともいえる政治的変動期。継体・安閑・宣化・欽明(梅山古墳・ID257)と続く6世紀の大王陵群のひとつとして重要。
宮内庁見解
正式名称「身狹桃花鳥坂上陵(むさのはなとりのさかのうえのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。第28代宣化天皇(在位535〜539年)の陵として治定。「鳥屋ミサンザイ古墳」とも呼ばれる橿原市の前方後円墳(墳丘長約138m)が宮内庁指定地に相当するとされる。陵墓参観制度により立入は制限。6世紀前半という時期は、安閑天皇(高屋築山古墳・ID50)・継体天皇(太田茶臼山古墳・ID61)と同時代で、大和政権の大王家の系譜が継体天皇系に転換した直後の時代。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県橿原市鳥屋町/交通:近鉄 橿原神宮西口駅から徒歩約15分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。
探索メモ
近鉄橿原線「橿原神宮前」駅から車で約10〜15分。同時代の安閑天皇陵(高屋築山古墳・ID50)・欽明天皇陵(梅山古墳・ID257)と合わせた「継体・宣化・安閑・欽明 大王陵めぐり」ルートが歴史ファンに人気。橿原神宮(神武天皇を祀る)とのセット訪問も推奨される。
出典
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