奈良県
円墳
宮内庁治定陵墓
菅原伏見西陵
別名: 安康天皇菅原伏見西陵
| 所在地 | 奈良県 |
| 形状 | 円墳 |
| 墳丘長 | 30 m |
| 築造時期 | 5世紀中頃 |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
奈良市菅原地区に位置する宮内庁管轄の安康天皇陵(菅原伏見西陵)。第20代安康天皇(眉輪王に刺殺された天皇として記紀に記録)の陵。垂仁天皇の菅原伏見東陵(宝来山古墳・ID220)と同じ菅原地区にあり、「西」の字が付く陵名で垂仁天皇陵(東陵)の西側の位置を示す。指定地点は小丘で、大型古墳構造は確認されていない。菅原地区は宝来山古墳(垂仁天皇陵)・菅原天満宮(学問の神・菅原道真の生誕地と伝わる)とともに奈良市北部の歴史的集積地。
出土品・調査研究
宮内庁陵墓参観制度により調査は未実施。内部構造・副葬品の詳細は不明。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
被葬者は考古学的に確定していない。安康天皇(在位453〜456年)は眉輪王に刺殺された天皇として記紀に記録されており、在位年代は5世紀中頃に相当する。宮内庁治定地点は奈良市菅原地区の小丘陵で、明確な前方後円墳等の大型古墳構造は確認されていない。宮内庁管轄のため詳細調査は未実施。安康天皇の治世は短命(在位3年)で、被殺という結末を含む特殊な歴史的位置をもつ。
宮内庁見解
正式名称「菅原伏見西陵(すがわらのふしみのにしのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。第20代安康天皇(在位453〜456年)の陵として治定。同じ菅原地区にある垂仁天皇の「菅原伏見東陵(すがわらのふしみのひがしのみささぎ)」(宝来山古墳・ID220)の西側に位置する別陵。名称に「西」が付くのは垂仁天皇陵(東陵)との対比による。宮内庁書陵部が管理し、陵墓参観制度により立入は制限されている。規模は小さく、大型の古墳構造は確認されていない。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県奈良市宝来4丁目/交通:(バス停) 宝来から徒歩約8分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。
探索メモ
近鉄橿原線「尼辻」駅から徒歩約15〜20分。垂仁天皇陵(宝来山古墳・ID220)・五社神古墳(神功皇后陵・ID221)・ヒシアゲ古墳(磐之媛命陵・ID223)などの佐紀古墳群を合わせた奈良市北部の古墳群散策の一拠点。菅原天満宮(安康天皇陵から徒歩数分)と合わせた見学も推奨される。
出典
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