| 所在地 | 大阪府 |
|---|---|
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 173 m |
| 築造時期 | 5世紀中葉〜後半 |
大阪府泉南郡岬町淡輪に位置する全長約173mの大型前方後円墳。宮内庁が五十瓊敷入彦命(垂仁天皇皇子)の墓として陵墓参考地に指定・管轄する。大阪最南端の古墳群「淡輪古墳群」の主要構成古墳の一つ。近隣の西陵古墳(210m)とともに、大阪湾南部の海上交通を制した古代豪族の拠点を示す。大阪府南部でも有数の規模を誇る古墳で、5世紀の沿岸交易ルートの要衝に立地する。
【現状】宮内庁の宇度墓(五十瓊敷入彦命墓・うどのはか)として管轄されており、発掘調査は未実施。【外部観察から判明していること】三段築成の墳丘外形が確認されており、葺石(墳丘斜面の石貼り)と埴輪列の痕跡が外周観察から報告されている。周濠を伴う大型前方後円墳(全長173m)としての基本構造が把握されている。内部の埋葬施設・副葬品は不明。近隣の西陵古墳(淡輪陵墓参考地・210m)と一体をなす淡輪古墳群の主要構成古墳。考古学的年代(5世紀中〜後半)と宮内庁比定の五十瓊敷入彦命(垂仁天皇皇子・記紀では3〜4世紀)との間には時代的乖離がある。
大阪府最南端の岬町(淡輪地区)に位置し、周囲は大阪湾に面した丘陵地帯。古代には淡輪の港が大阪湾と紀伊半島・瀬戸内海を結ぶ海上交通の要衝として機能しており、この地の大型前方後円墳はその支配者の墓とみられる。宮内庁の治定による「五十瓊敷入彦命」は日本書紀・古事記に剣を多数鍛造・収蔵したと記される皇子。地名「淡輪(たんのわ)」は「淡(あわ)の環(わ)」に由来するとも言われ、古代の海人族の生活圏だった可能性を示唆する。南海本線「淡輪」駅から徒歩約15分。