★ 世界遺産
奈良県
八角墳
宮内庁治定陵墓
野口王墓古墳
別名: 檜隈大内陵(天武・持統天皇陵)
| 所在地 | 奈良県 |
| 形状 | 八角墳 |
| 墳丘長 | 45 m |
| 築造時期 | 7世紀後半 |
| 世界遺産 | 飛鳥・藤原の宮都 構成資産(2026年登録) |
| 陵墓指定 | 宮内庁管轄(一般立入不可) |
概要
奈良県高市郡明日香村野口に位置する対角線約45mの八角形墳。天武天皇(壬申の乱で大海人皇子が勝利し即位)と持統天皇(天武の皇后・草壁皇子の母)の夫婦合葬陵。天皇・皇后が同一石室に葬られた唯一の事例として歴史的価値が高い。持統天皇が日本最初の火葬天皇である点でも著名。宮内庁管轄で外周のみ見学可能。2026年7月、世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」の構成資産「天武・持統天皇陵古墳」として登録された。
出土品・調査研究
1235年の盗掘記録「阿不幾乃山陵記」に石室内部の詳細が記されている。金銅製の蔵骨器(持統天皇の遺骨を収めたとされる)が盗掘時に確認されたとの記述がある。正式な発掘調査は未実施。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
対角線約45〜48mの八角形墳(八角墳)。7世紀後半〜8世紀初頭の築造。八角形の墳形は天皇専用の最高位墓制で、牽牛子塚古墳と同じ系譜に属する。天武天皇(在位672〜686年)崩御後に造営が始まり、686年以降に持統天皇(在位686〜697年)が骨壺に収められた遺骨を天武の石室に合葬した。日本の歴史上確認された唯一の天皇夫婦合葬墓とされる。持統天皇は日本初の本格的な火葬(荼毘)を行った天皇でもある。1235年に盗掘が行われ、当時の記録(「阿不幾乃山陵記」)に石室内の様子と遺物が記されている。
宮内庁見解
正式名称「檜隈大内陵(ひのくまのおおうちのみささぎ)」として宮内庁書陵部が管轄。天武天皇(第40代)・持統天皇(第41代)の夫婦合葬陵として治定。陵墓として一般立入は禁止されており外周からの観察のみ可能。【形状をめぐる論争】宮内庁は陵形を「円丘(えんきゅう)」と公式に分類しているが、考古学的には御廟野古墳(天智天皇陵・ID405)・牽牛子塚古墳(ID266)と同系の八角形墳(八角墳)と推定されており、宮内庁公式分類と考古学的解釈が一致しない。当マップは考古学的分類に基づき「八角墳」と表示する。【宮内庁参拝情報】所在地:奈良県高市郡明日香村大字野口/交通:近鉄 飛鳥駅から徒歩約17分/原則、8時30分~17時(原則年間参拝可)。陵印保管:畝傍陵墓監区事務所。
探索メモ
天武天皇は672年の壬申の乱で大友皇子を破り即位。「日本」という国号と「天皇」という称号を定めた最初の天皇とされる。持統天皇はその皇后で、藤原京の造営・大宝律令の基礎を築いた。壬申の乱・飛鳥浄御原宮・藤原京と日本の古代国家形成の核となった夫婦の陵墓として歴史的意義は極めて高い。近鉄「飛鳥」駅から自転車約10分。
出典
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