奈良県 方墳

都塚古墳

所在地奈良県
形状方墳
墳丘長42 m
築造時期6世紀後半

概要

奈良県高市郡明日香村阪田に位置する東西約41m×南北約42mの方墳。階段ピラミッド状の特異な形状で「日本のピラミッド」の異名をもつ。蘇我稲目の墓として有力視され、蘇我氏が飛鳥文化を主導した6世紀後半の政治情勢を体現する。国指定史跡として整備されており、墳丘上の見学が可能。石舞台古墳・飛鳥寺と合わせた飛鳥エリア周遊の見どころ。

出土品・調査研究

横穴式石室(全長約8m)。凝灰岩製家形石棺が確認されている。須恵器・鉄器類が出土。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
東西約41m×南北約42m(2014年発掘調査による実測)の階段状石積みをもつ方墳。6世紀後半の築造。3段のテラスが明確に残る階段ピラミッド状の外観が特徴的で、「日本のピラミッド」とも呼ばれる。横穴式石室(全長約8m)をもち、石室内から凝灰岩製の家形石棺が確認された。副葬品として須恵器・鉄器類が出土。被葬者は蘇我稲目説が有力で、蘇我氏の氏寺「飛鳥寺」に近接する立地が根拠のひとつ。蘇我氏による飛鳥文化形成期の有力豪族墓と位置づけられる。
宮内庁見解
宮内庁の陵墓治定はなく、明日香村が管理する国指定史跡。陵墓・陵墓参考地指定なし。発掘調査が実施されており、墳丘に登っての見学が可能。

探索メモ

蘇我稲目(506〜570年)は大臣として仏教の国家受容を推進した人物。娘の堅塩媛・小姉君はともに欽明天皇の妃で、蘇我馬子・推古天皇の父にあたる。近接する石舞台古墳(蘇我馬子墓説)とともに「蘇我氏の古墳」として飛鳥史の中核をなす。最寄りは近鉄「飛鳥」駅から自転車約10分。

⛩ インタラクティブ地図で見る 📍 Google マップ

出典

奈良文化財研究所明日香村教育委員会Wikipedia

関連する古墳

高松塚古墳(23m) 牽牛子塚古墳(30m) 岩屋山古墳(40m) 石舞台古墳(51m) 野口王墓古墳(45m) キトラ古墳(14m)
← 高松塚古墳 牽牛子塚古墳 →