三重県 前方後円墳 宮内庁治定陵墓

能褒野王塚古墳

日本武尊能褒野御墓(伝)
所在地三重県
形状前方後円墳
墳丘長90 m
築造時期4世紀末
指定区分陵墓
陵墓指定宮内庁管轄(一般立入不可)

概要

三重県亀山市田村町に位置する墳丘長約90mの前方後円墳。宮内庁が日本武尊の「能褒野墓」として治定する伊勢北部最大規模の古墳(4世紀末)。「古事記」「日本書紀」に伝わるヤマトタケルの伝承地として知られ、近辺に能褒野神社が建つ。

出土品・調査研究

宮内庁管理のため発掘調査未実施。副葬品不明。

被葬者をめぐる両論

考古学的見解
亀山市田村町にある墳丘長約90mの前方後円墳。2013年の宮内庁調査によると後円部径54m・高さ8.5mで、北勢地域最大規模とされる。亀山市の計画では4世紀末の築造に位置付ける。別称「丁子塚」。1879年に日本武尊の墓と定められたが、伝承上の比定と被葬者の考古学的同定は区別する。
宮内庁見解
1879年に宮内省(現宮内庁)が日本武尊能褒野墓に治定し、現在は宮内庁が管理する。被葬者の考古学的確定とは区別する。

探索メモ

陵墓のため立入制限がある。参拝所と宮内庁の案内に従う。

⛩ インタラクティブ地図で見る 📍 Google マップ

出典

亀山市 日本武尊と弟橘媛・陵墓治定と2013年測量亀山市 歴史的風致維持向上計画・築造時期三重県史 能褒野王塚古墳の治定経緯
← 女良塚古墳 明合古墳 →