三重県
前方後円墳
能褒野王塚古墳
別名: 日本武尊能褒野御墓(伝)
| 所在地 | 三重県 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 90 m |
| 築造時期 | 4世紀末 |
概要
三重県亀山市田村町に位置する墳丘長約90mの前方後円墳。宮内庁が日本武尊の「能褒野墓」として治定する伊勢北部最大規模の古墳(4世紀末)。「古事記」「日本書紀」に伝わるヤマトタケルの伝承地として知られ、近辺に能褒野神社が建つ。
出土品・調査研究
宮内庁管理のため発掘調査未実施。副葬品不明。
被葬者をめぐる両論
考古学的見解
墳丘長約90mの前方後円墳(後円部径54m・高さ9m)。亀山市田村町に所在し、4世紀末(古墳時代中期初頭)の築造。伊勢北部地方では最大規模。別称「丁子塚」。宮内庁が陵墓治定しているため発掘調査は未実施。実際の被葬者は考古学的に不明。周辺に10数基の能褒野古墳群が分布する。日本書紀・古事記に伝わる英雄ヤマトタケルが能褒野(のぼの)で没したとされる伝承地。
宮内庁見解
宮内庁により「能褒野墓(のぼののはか)」として日本武尊(やまとたけるのみこと)の墓に治定(1879年明治12年)。陵墓として宮内庁が管理・立入制限。
探索メモ
近鉄大阪線「亀山」駅から車で約10分。能褒野神社(のぼのじんじゃ)が隣接し、ヤマトタケル伝承地として参拝者も多い。
出典